2018年7月 7日 (土)

2018年7月6日 鴨川増水

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鴨川は時折、氾濫するのではないかと心配するほど増水することがあります。昨日(7月6日)はそんな日でした。
いつもは穏やかな鴨川が時に見せる荒々しい姿です。

四条大橋左岸から撮影した荒ぶる鴨川です。YouTubeにアップしました。

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普段はこんな感じなんですよ。

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七条大橋から三条大橋まで、鴨川を遡ってみました。

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正面橋(正面通りにかかる橋)
正面というのはなにの正面か・・・・今は失われてしまいましたが昔あった大仏様の正面なんです。

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五条大橋

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流れが速すぎて魚が獲れず悩んでいるオオサギ君。

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左側が有名な料理旅館 鶴清(つるせ)です。

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アオサギ君は、今日は魚は獲れないなと、いさぎよく諦めている様子です。

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松原橋

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四条大橋

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三条大橋

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もちろん「立入禁止」ですが・・・

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行けと言われても進めません(^_^;)
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2018年6月22日 (金)

スズメの手のひらエサ遣り

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鴨川三条大橋下でぼーっとしていたら(ぼーっとしているのは得意(^^ゞ)、一羽のスズメが近づいてきました。そのスズメからは「エサくれよー」とでも言われてるような感じを受けたので、小さなパン屑を投げると50センチくらいまで寄ってきました。鳩に手のひらのエサを食べさせたことはあるけど、用心深いスズメでは無理だよね、とは思ったけど試しに差し出すと手のひらのパンを食べてくれました。
こんな写真が撮れて、ちょっと嬉しいです(^o^)/

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スズメ君の食事を羨ましそうに眺める遠巻きのカラス君とアオサギ君。

2018年6月 9日 (土)

サッカー・球技・スポーツの守護神「白峯神宮」

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ここ「白峯神宮」は一般観光客が多く集まる観光地ではありません。同志社大学がある烏丸今出川交差点から西に600m程の堀川今出川にある神社ですが、なぜ「白峯神社」ではなく「白峯神宮」なのか。「神宮」の社号を有する神社は伊勢神宮(正式には「神宮」)を含め、全国で20数社を数えるのみです。なぜこの神社は「神宮」の社号を持っているか。それは祭神に、恐ろしい怨霊となった(と信じられていた)崇徳天皇(すとくてんのう)を祀っているからです。「白峯」とは崇徳天皇が保元の乱に敗れ、流刑となり生涯京に戻ることなく歿した讃岐の国(現香川県坂出市)の地名です。

白峰神宮 由緒
幕末、風雲急を告げる中、121代孝明天皇は、保元の乱(1156)によって悲運の運命を辿られた第75代崇徳天皇の御霊を慰め、かつ未曾有の国難にご加護を祈らうとされ、幕府に御下命になり四国・坂出の「白峰山陵」から京都にお迎えして、これを祀らうとされましたが叶わぬままに崩御されました。

明治天皇は父帝の御遺志を継承・心願成就され、宮地を和歌・蹴鞠の公卿宗家「飛鳥井家」の邸宅地跡に求められ、慶応4年(明治元年)9月6日、社殿を現在地に新造。奉迎鎮座されました。続いて明治6年に第47代淳仁天皇の御神霊を淡路島南端の御陵からお移して、御併祀になりました。

当初は神祇官員が日々ご奉仕しましたが、明治の新制度により官幣中社としての待遇をうけ、昭和十五年には官幣大社に御昇格・「 白峯神宮 」となりました。

また、当神宮には「まり」の守護神として「精大明神」が祀られています。「精大明神」は蹴鞠・和歌の宗家である公卿・飛鳥井家が代々守護神として邸内にお祀りしてきたもので、当神宮がその祭祀を受け継いでおります。

そのために、今では「まりの神様」として崇敬され、日本サッカー協会をはじめ各種スポーツにおいて、使用された公式球が奉納されています。御神徳を仰ぎ、野球・サッカーを始めとする球技や新体操、また日々の習い事に至るまでの目的の上達を願う参拝者が多く訪れます。

けまりは、ボールを落とさない事・落ちない事から、勉学の神 白峯天神様のご利益が学力を落とさない・試験に落ちないなどと縁起が良いとされています。

春秋の修学旅行シーズンには、新人戦や大会に向け御祭神の御神徳を頂こうと学生達の参拝が多く、目的の上達を願い全国唯一の「闘魂守」を授かって、日々の練習の成果を発揮して頂いています。また、蹴鞠保存会100周年記念に建立されました「蹴鞠碑」前での記念撮影や、全国唯一の「闘魂守」を授与しています。

このほか、崇徳天皇に仕え、武道の神として、源氏の頭領源為義・鎮西八郎為朝公を祀る「伴緒社」、縁結び、水の神「潜龍社」また、魔除・厄除の神と御利益が有る「柊大明神」を祀る、柊護符を節分の時季に限り戴ける。 境内各所に祀られています。
(白峯神宮HPより)


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鞠庭

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これは日本最恐の怨霊と言われる崇徳天皇の別の姿、優れた歌人として残した百人一首「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ」の碑です。
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大田神社のカキツバタと上賀茂神社の社家

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上賀茂神社

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社家(しゃけ)とは、神社に仕える神官の住まいのと。この街並みは上賀茂神社の神職を世襲してきた神官の家であり、代々、賀茂氏族の子孫に限られてい たそうです。

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上賀茂伝統的建築物群保存地区
このあたりは、室町時代から上賀茂神社の神官の屋敷町として街並みが形成されてきました。
明神川に架かる土橋、川沿いの土塀や門、独特の妻飾り持った社家、土塀越しの庭の緑、これらが一体となって貴重な社家の景観を今に伝えています。
京都市では昭和63年に当地区を上賀茂伝統的建築物群保存地区に指定し。風趣ある街並みの保存を図っています。


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上賀茂神社の摂社「大田神社」

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撮影日 2018年5月11日

2018年5月25日 (金)

得淨明院(とくじょうみょういん)の戒壇巡りと一初(いちはつ)

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得浄明院(とくじょうみょういん)は、京都府京都市東山区にある無宗派の単立寺院。無宗派ではあるが、浄土宗鎮西派の特別寺院となっている。信州善光寺大本願の京都別院でもある。
明治27年(1894年)9月、京都市東山の知恩院の西側、かつて知恩院入道親王の住坊であった華頂殿跡の敷地跡に、善光寺大本願の京都別院の尼寺として建立される。
開山は善光寺大本願第117世誓圓尼(伏見宮邦家親王第3王女、幼名真喜宮)。誓圓尼は、関西や西日本の人々が、信州までお参りするのはなかなか大変なことであるため、関西の近くで善光寺如来の仏縁を人々に結ばせたいと発心し、善光寺の別院の建立を思い立った。そこで、京都に住んでいた元天台座主でもある兄の久邇宮朝彦親王に相談した結果、その計らいによって空き地となっていた華頂殿敷地の大部分を、明治15年(1882年)6月、賛同した知恩院管長の大徳、養鸕徹定が誓圓尼に寄進し、善光寺別院の建立の端が発せられた。本尊は善光寺の一光三尊阿弥陀如来の分身を安置している。また善光寺同様に戒檀巡りができるようになっている。
(Wikipediaより)
さて、この「戒檀巡り(かいだんめぐり)」というのが、凄かったんです。
さらっと書かれていますが、この「戒檀巡り」は、真の闇にある秘仏の御本尊様の下を巡って、仏様の分身ともいえるお錠前に触れることによって、仏様と縁を結び極楽往生のお約束をいただき、私たちが本来持っている仏縁の種を大切に育ててゆくことを仏様にお誓いする「行」なのだそうです。
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この中が、本当に真の闇で、自分の手も見えない状況です。こんな感じです。突然視力を失ったかのような恐怖感があり、これははっきり言って「びびり」ました。

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壁の触覚しか頼るものがなく、しばらく進むと壁が無くなります。おおっっと、あ、なんだ、右折するんだと理解し、壁だけが頼りの中、進んでいきます。

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2回目の右折があり、しばらく進むと鍵・・錠前の感触がありました。「あっ、これが錠前か」と嬉しくて何度か触れ、先に進みます。3回目の右折後ようやく出口(入口と同じ場所)に戻って、仄かな光が見えた時、なんと安堵したことでしょう。
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早咲きのツツジ・・・イチハツです。
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得淨明院のある、知恩院参道手前には「親水テラス」と・・・

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一本橋があります。別名「行者橋」、「阿闍梨橋」ともいわれます。天台宗の修行のうちでも随一の荒行とされる千日回峰行を終えた行者が、京都の町に入洛する際、最初に渡る橋とされています。現在の橋は1907年架橋され、長さ約12メートルで、幅は60センチしかありません。

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2018年5月24日 (木)

鴨川のトビたち

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熾烈なカラスとトビの縄張り争い?

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カラス君、トビはおとなしい性質だけど、猛禽類だからちょっかい出さないほうが身のためだと思うよ。

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久しぶりに出会ったカルガモの親子

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2018年4月28日 (土)

乙訓寺の見事な牡丹

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乙訓寺(おとくにでら)は京都府長岡京市にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺院。牡丹の寺として知られる。
寺伝では推古天皇の勅命により聖徳太子が建立したと言われている古刹である。創建の正確な事情や時期は未詳であるが、境内出土の瓦の年代から、長岡京造営以前、奈良時代の創建と推定されている。
延暦3年(784年)桓武天皇が長岡京を造営した際には都の地鎮として大規模に増築されている。また藤原種継暗殺事件の首謀者の嫌疑をかけられた早良親王が幽閉された場所でもあるとされ、空海が一時住したともいわれる。 長岡京が廃都となっても大規模な伽藍を擁し室町時代でも10を越す僧坊があったという。今でこそ牡丹の寺として有名であるが牡丹を植生する前の往年は寂しい佇まいの寺であった。現在、豊山派総本山である長谷寺より2,000株の牡丹が移植されている。
(Wikipediaより)

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この乙訓寺は桓武天皇の実弟で皇太子(次期天皇)であった早良親王が幽閉された寺でした。

早良親王(さわらしんのう)
奈良時代末期の皇族。光仁天皇の皇子。生母は高野新笠。桓武天皇、能登内親王の同母弟。延暦19年(800年)、崇道天皇(すどうてんのう)と追称されたが皇位継承をしたことはないため、歴代天皇には数えられていない。
延暦4年(785年)9月23日夜に「藤原種継(ふじわらのたねつぐ)暗殺事件」が起こった。
長岡京遷都の責任者であった藤原種継が暗殺されるという事件に、早良親王も連座していたとして廃太子され、9月28日には長岡京の乙訓寺に幽閉され、淡路国への流罪が決まった。
早良親王は無実であることを証明するためとも、朝廷から飲食を停止されたとも言われるが、幽閉から10日余りの絶食に耐え、淡路国に配流される途中、河内国高瀬橋付近で憤死したとされる。
それでもなお桓武天皇は、弟の早良親王の亡骸をそのまま淡路国に運ばせて埋葬させた。
実際に藤原種継暗殺に早良親王が関与していたかは不明である。
(Wikipediaより)

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観光客用の演出かなと思ったこの傘ですが、その理由について、花の世話をしている方にお話が伺えました。日光に当てると花は急速に開くため、少しでも花を長い期間見られるようにということが一つの理由。もう一つの理由は雨が降って、花がポトンと落ちてしまうことを防ぐためだそうです。

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この場所は傘ではなくよしずで覆っていました。

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乙訓寺を後にして、長岡天満宮に向かう途中にあった料亭で、今日供されるであろうたけのこを洗っている料理人さんを見かけました。

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この辺りは知る人ぞ知る、タケノコの名産地なんです。

京都府乙訓地域(京都市西部、向日市、長岡京市、大山崎町)で生産されるたけのこは、最高級のものは「白子(しろこ)」と呼ばれ、軟らかく、えぐみが少なく、独特の風味と歯ざわりの良さが特徴です。「京都式軟化栽培法」と呼ばれる特殊な方法で栽培され、秋から冬にかけての敷きわら、土入れの作業が重要で、これらを長年続けてきたことによりやわらかな土壌となって、良質のたけのこが生産されます。
(近畿農政局ホームページより)

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長岡天満宮

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キリシマツツジ満開です。

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たけのこ即売所

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料亭「錦水亭」

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アヤメ

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ハス

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京都四条木屋町に移動しました。

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鴨川で河畔清掃活動が行われていました。

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初夏に向かい、鮎などの魚の遡上をアシストする、魚道の設置が行われていました。

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納涼床の設置も進んでます。夏が近づいていますね。

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2018年4月 7日 (土)

2018年3月31日 さくら満開

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京都府八幡市(やわたし)にある淀川河川公園背割堤(せわりてい)地区
昨年訪れた時は、七分咲きといったところでしたが、今年は見事な満開でした。

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ローカルテレビ局の中継車かなあと思っていたら、この日、この時間に「ウエークアップぷらす」の生中継をしていたそうです。

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上空にはドローンが・・・

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展望塔に上る順番待ちの列

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鴨川三条大橋に移動しました。

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南座は改装中です

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高瀬川

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京都御苑

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これは桃の花です

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2018年3月23日 (金)

須賀神社の懸想文(けそうぶみ)売り

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「懸想文(けそうぶみ)売り」が登場する須賀神社の節分祭
節分の日は、須賀神社でももちろん豆まきが行われます。しかし参拝者のお目当てはそれだけではありません。ここの節分会の見ものは、「懸想文売り」がこの時だけ姿を現すことです。懸想文売りは烏帽子(えぼし)をかぶって水干(すいかん:昔の衣装)を身にまとい、覆面で顔を隠し目元だけを出しているという、なんとも怪しげな格好。彼らは文(ふみ)をつけた梅の枝を右手に持ち、左手には懸想文を持って、境内を歩きます。この文は縁談や商売繁盛の願いを叶えてくれるお守りで、人に知られないように鏡台やタンスの引き出しの中に入れると着物が増え、容姿が美しくなり、良縁にも恵まるという御利益があると言われています。

「懸想文」のはじまり
懸想文とは、公家など限られた人しか文字が書けなかった時代に自分の恋心を代わりに書いてもらっていた文、つまりラブレターの代筆文をいいます。懸想文の風習は平安時代から始まり、江戸時代になると盛んに行われ、いつしかラブレターの代筆業を行う「懸想文売り」が登場したといわれています。懸想文売りがなぜ覆面で顔を隠しているのかというと、実はこの商売をしていたのが、貴族だったからです。町の人々に代筆業のアルバイトをしていることがばれないように顔を隠していたのだとか。
この風習は明治になると一旦廃れてしまいましたが、第二次世界大戦後、夫婦神がまつられている須賀神社で節分祭の2日間だけ、再び懸想文売りが現れるようになりました。この2日間は、懸想文を求め大勢の女性が神社を訪れます。

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すぐ近くの聖護院門跡でも節分会が行われていました。

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この通りには八つ橋の老舗「聖護院八ッ橋」さんと「本家西尾八ッ橋」さんがありますが、「本家西尾八ッ橋」さんでは例年節分にお茶とぜんざいを無料接待しています。

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「ぜんざい」か「きな粉餅」を選べますが、「ぜんざい」をいただきました。ごちそうさまです。

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「本家西尾八ッ橋」のマスコットキャラクター「あんなま忍者八ッ蔵(やつぞう)」君

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2018年2月28日 (水)

八坂神社の節分

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八坂神社では舞妓さんの豆まきがあると聞きつけ、参拝させていただきました。

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警備中のお巡りさんも思わず撮影(^^ゞ

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先斗町の舞妓さん

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弥栄雅楽会の舞い奉納

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花街宮川町

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豪華賞品が並んでいます。

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さて、私は・・・・

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お酢が当たりました。充分嬉しいです。

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2018年2月 9日 (金)

雪の金閣寺

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金閣寺
正式名称を鹿苑寺(ろくおんじ)といい、相国寺の塔頭寺院の一つです。舎利殿「金閣」が特に有名なため一般的に金閣寺と呼ばれています。
元は鎌倉時代の公卿、西園寺公経の別荘を室町幕府三代将軍の足利義満が譲り受け、山荘北山殿を造ったのが始まりとされています。
金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世にあらわしたと言われ、有名な一休禅師の父である後小松天皇を招いたり、中国との貿易を盛んにして文化の発展に貢献した舞台で、この時代の文化を特に北山文化といいます。義満の死後、遺言によりお寺となり、夢窓国師を開山とし、義満の法号鹿苑院殿から二字をとって鹿苑寺と名づけられました。
(相国寺HPより)

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三条大橋西

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鴨川

2018年2月 4日 (日)

2018年1月20日 城南宮の湯立神楽(じょうなんぐうのゆだてかぐら)

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城南宮
都の守護と国の安泰を願って、平安遷都の際に京都の南に創建されてから1200年。城南宮は、引越・工事・家相の心配を除く「方除(ほうよけ)の大社」と仰がれています。家庭円満や厄除や安全祈願、また車のお祓いに全国からお見えです。また古くより、住まいを清める御砂や方角の災いを除く方除御札を城南宮で授かる習慣があります。そして曲水の宴が行われる神苑は、しだれ梅、椿、桜、藤、躑躅、青もみじ、秋の七草や紅葉に彩られ安らぎの庭になっています。巫女神楽の鈴の音が毎日響く城南宮をお訪ねください。
(城南宮HPより)

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「城南離宮」とは白河天皇の別荘地で、城南宮は「城南離宮」の一部となったためこの扁額(へんがく)があります。

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この地は「鳥羽・伏見の戦い」の場でもありました。

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湯立神楽(ゆだてかぐら/ゆたてかぐら)は、日本の伝統的な神楽の形式のひとつ。

釜で湯を煮えたぎらせ、その湯を用いて神事を執り行い、無病息災や五穀豊穣などを願ったり、その年の吉兆を占う神事の総称である。別名を「湯神楽(ゆかぐら)」とも言う。

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2018年1月12日 (金)

2018年元旦 八坂神社〜粟田(あわた)神社〜日向(ひむかい)大神宮

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皆様、遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。
本年も当ブログをよろしくお願いいたします。

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青蓮院門跡の大くすのき

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正面奥は平安神宮

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粟田神社(あわたじんじゃ)
牛頭天王(ごずてんのう=スサノオノミコト)を祭神とし、古くは感神院新宮(かんじんいんしんぐう)、粟田天王宮と称されていたが、明治になり粟田神社と改称された。 10月15日に行われる神幸祭には剣鉾巡行と神輿渡御が行われ、粟田祭の剣鉾は祇園祭の山鉾の原形といわれているそうです。

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鍛冶神社
粟田口(あわたぐち)の刀工、三条小鍛冶宗近・粟田口藤四郎吉光と、作金者(かなだくみ)の祖である天目一筒神を祀る鍛冶の神様です。

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日向大神宮参道

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この参道は蹴上インクラインの横にあります。

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ここが伊勢神宮を参拝できる「伊勢遥拝所」です。

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硬貨限定?のおさい銭箱

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「日向大神宮」は京都最古の神社の一つで、5世紀末・顕宗天皇の時代に、筑紫の日向の高千穂の峰の神蹟を移したのが興りとされています。日向大神宮の名の由来は遠く宮崎・日向の国から神様を迎えたことにあるようです。

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この神社は規模は小さいですが、伊勢神宮とおなじく、外宮と内宮をもっています。まずは外宮から参拝します。

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内宮です。「若水」とは元旦の早朝汲み上げられたご神水で、正月三が日参拝者に授与されます。

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内宮の横になんと「天の岩戸」があります。

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戸隠(とがくし)神社
祭神はもちろん、天の岩戸をこじ開けた天手力男命(あめのたぢからおのみこと)

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日向大神宮は地下鉄「蹴上」駅に近く、せっかくなので「ねじりまんぽ」も撮影しました。

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「ねじりまんぽ」は南禅寺に抜ける歩行者用トンネルですが、内面の強度を高めるためレンガをねじり、渦をまくような造りになっています。「まんぽ」とは鉱山の坑道などトンネル構造を指す古い言葉で,「まんぷ」「まぶ」とも呼ばれ,「間歩」などの漢字が充てられるそうです。

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2018年1月 6日 (土)

2017年大晦日

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八坂神社「をけら詣り」

2017年12月31日、新年を翌日に控えた京都の神社や街角を巡ってみました。

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京都名物のひとつ、ラーメン店「第一旭」の早朝行列。午前7時開店で、この時午前7時4分。

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京阪伏見稲荷駅

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ホームに不思議な機械を発見

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なんと外国人向け、外貨両替機。

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流石は五穀豊穰の神様を祀る「伏見稲荷」、しめ飾りに稲をあしらっています。

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先斗町に移動しました。

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先斗町歌舞練場

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久しぶりに見る「キセキレイ」

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酔っ払いの仕業かな

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北野天満宮

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錦市場

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「三木鶏卵」・・・すぐ近くに軒を並べる「田中鶏卵」と並ぶ、だし巻き卵の名店。

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このぶら下がっているのは、京野菜「堀川ごぼう」で、女性の腕ほどある巨大ごぼうです。

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八坂神社

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2017年12月31日 (日)

2017年12月21日終い弘法

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東寺 終い弘法
毎月21日に東寺の境内で開催されている「弘法市」には、骨董屋、古着屋、植木屋などの露店が軒を連ねて賑わっていますが、なかでも12月の市は「終い弘法」と言われ、正月用品などを売る露店も含め1,000軒以上の露店が出店します。

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賀茂川には例年通り、冬の来客「ゆりかもめ」が姿を見せていました。

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セグロセキレイ

2017年12月30日 (土)

八坂庚申堂と安井金毘羅宮

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京都東山、八坂の塔近くに日本三大庚申のひとつで、日本最古の庚申堂である八坂庚申堂(正式名称は大黒山延命院金剛寺)があります。この寺は中国の道教由来である庚申信仰の霊場として古くからまつられてきました。
庚申とは干支の「庚(かのえ)」「申(さる)」の日。中国の道教によると人間の体の中には三尸(さんし)という虫がいて、庚申日の夜に寝ている人間の体を抜け出しては、天帝にその人間の悪行を告げ口し、寿命を縮めると信じられていました。そこで人々は長生きを願い、夜通し起きることで三尸が体から出て行くのを防ぎ、寿命が縮まないよう身を慎んだといいます。これが日本に伝わって習慣となり、「庚申待ち」と呼ばれ、人々は様々な行事をして夜を明かしました。
「見ざる、言わざる、聞かざる」といわれる両手で目、耳、口を隠している三匹の猿の姿も、この庚申信仰とともに日本に伝わってきたといわれています。

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このカラフルなお守りは「くくり猿」といい、境内のあちらこちらに参拝者の願いとともに吊り下げられています。

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八坂の塔

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京都最強の縁切り神社と言われる「安井金比羅宮」は悪縁を切り良縁を結ぶご利益さんで、その歴史は古く、飛鳥時代に藤原鎌足が一族の繁栄を願って創建した「藤寺」が起源とされています。

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安井金比羅宮の境内には、これが悪縁切りと良縁結びの両方のご利益が授かれると言われる霊石「縁切り縁結び碑(いし)」です。

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形代(かたしろ)に願いを書き込んだ後は、その形代を手にして縁切り縁結び碑の「表」に周ります。そして、神様の力が注がれているという中央の穴へ!穴は大人がやっと通れるほどの大きさで、這うようにして穴をくぐり、まずは悪縁を切ります。

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表から穴をくぐった先は「裏」です。悪縁を切った後は、裏の方からもう一度表の方に向かって穴をくぐり、今度は良縁を結びます。

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八坂神社西楼門

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この西楼門には随身(ずいしん・平安時代の貴族の護衛役)の木像2体が置かれています。

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南楼門(八坂神社の正門です)

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2017年12月23日 (土)

千本釈迦堂の大根(だいこ)だき

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二十四節気の一つ「大雪(たいせつ)」の7日、京都市上京区の千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)(大報恩寺)で「大根(だいこ)だき」が始まりましたので、8日にお邪魔しました。悪病を取り除く御利益があり、大勢の参拝客が集まっていました。

 釈迦が悟りを開いた日(12月8日)を祝う「成道会(じょうどうえ)」に合わせ、鎌倉時代の住職、慈禅(じぜん)上人が大根の切り口に梵字(ぼんじ)を書いて炊き、魔よけとして供したことにちなんでいるのだそうです。2日間でなんと大根約4000本(約1万2000食分)が供されます。1杯1000円の大根は厄除けのお布施込みでしょう。

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千本釈迦堂の本堂は、550年前に勃発した応仁の乱で焼けずに残った本堂でも知られ、現存する京都市内最古の仏堂で、国宝に指定されています。
 
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速やかに「大根だき券」を購入

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鎌倉時代に住職が大根に釈迦の名を梵字(ぼんじ)で書き、厄よけとしたのがこの大根だきの始まりと伝えられていますが、この大根は「聖護院大根」と言うのだそうです。千枚漬けに使われる「聖護院かぶら」は知ってましたが、「聖護院大根」があるとは知りませんでした。

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「大根だき」の味付けはおでんと同じですが、きつねうどんに使う、甘辛煮の油揚げが乗っています。美味しかったです。

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2017年12月 2日 (土)

べた踏み坂

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正式には江島大橋(えしまおおはし)、通称「べた踏み坂」は、鳥取県境港市と島根県松江市との間に実在する橋です。

起点 : 鳥取県境港市渡町
終点 : 島根県松江市八束町(やつかちょう)江島
全長 : 1.7 km(うち橋梁部1446.2 m)
幅員 : 11.3 m[2]
勾配 : 島根側6.1 %(3.5°)、鳥取側5.1 %(2.9°)

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JR米子駅

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境線に乗り換えですが、終着駅「境港」は「水木しげる記念館」があり、境線の列車はゲゲゲの鬼太郎バージョンになってます。

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境港駅から松江行きのシャトルバスに乗り、今回の「べた踏み坂」撮影スポットのある大根島(松江市八束町)に移動しました。

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大塚山公園からの「江島大橋」

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見えるでしょうか。中央やや右が「江島大橋」です。肉眼ではこんな感じです。

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ここが撮影スポットです。

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ネットでこのポスターを見て、ぜひこのような写真が撮りたいと、ここに来てみました。
言ってみれば・・・物好き・・ですね。

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大山(だいせん)

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これが数年前、話題となった軽自動車CMの映像です。

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しかし実際に訪れると、さほどの急勾配ではありません。離れた場所からの望遠撮影で、急勾配に見える、映像のトリックですね。

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歩いて橋を渡ってみました。

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鳥取県境港市に入ります。

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境港市のコミュニティバスに乗って境港駅に戻ります。1乗車、大人も子供も100円でした。

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駅のすぐ横で、妖怪達の銅像展が開かれていました。さすがは「水木しげる記念館」の最寄り駅です。

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鬼太郎グッズ店もありました。

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米子市文化ホール
コハクチョウのオブジェ

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米子駅前
1902年(明治35年)11月1日、山陰鉄道開通を記念したモニュメント

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2017年11月 5日 (日)

瓦土塀(かわらどべい)

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土塀(どべい)は、粘土質の土や泥に、石灰とフノリに加え、菜種油、水、藁などの天然素材で作られた伝統的な塀ですが、ここ大徳寺を始め、いくつかの寺に「瓦土塀」と呼ばれる、廃材を利用し、瓦を何層にも積み重ねた土塀があります。
瓦土塀は「瓦積み式土塀 」 の略で、文字通り、瓦が何層にも積み重なっている土塀で、瓦を挟み込む理由は耐久性もさることながら、意匠性(デザイン性)を得る為と思われます。
この塀たちはアートですね。

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紫式部墓所

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「ムラサキシキブ」

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紫式部顕彰碑

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「紫式部墓所」を後にして、少し歩いて西陣に移動しました。

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法華宗真門流総本山「本隆寺」の瓦土塀

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「本隆寺」に隣接する通称「西陣聖天」こと、「雨宝院」。

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「雨宝院」からの「本隆寺」瓦土塀

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この場所で、NHK BSプレミアム「京都人の密かな愉しみ」第一作(2015年1月放映)が撮影されました。ヒロインの常盤貴子さんです。(BS放映映像から)

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(BS放映映像から)

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「岩上神社」

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岩上神社(駒札)
伝えによれば,二条堀川付近にあった霊石が六角通(岩上通六角辺り)に遷(うつ)され、更に中和門院(ちゅうわもんいん)(後陽成(ごようぜい)天皇の女御の一人で後水尾(ごみずのお)天皇の母)の屋敷の池の畔に遷されると怪異な現象が起きたという。吼え出したり、すすり泣いたり、子供に化けたり、の類である。子供に化けたという伝説に因んで「禿童(かむろ)石(いし)」と呼ばれたこともあったという。 持て余した女官たちが遂にたまりかねて蓮乗院(れんじょういん)という真言宗の僧を召したところ、彼はその石を貰い受け、現在地に遷して祀ったと いう。その際に「有乳(うにゅう)山 岩上寺」と称した。以降、授乳、子育て の信仰を集め、地元では「岩上さん」と親しみを込めて呼ばれて いる。 寺は享保(きょうほう)十五年(1730)の大火事「西陣焼け」で堂舎が焼かれ、天明八年(1788)の「天明の大火」では荒廃の極みに達した。
明治維新の際には廃寺となったが、大正年間に織物業の千切屋(ちきりや)が敷地内に祠(ほこら)を構え、以降「岩上神社(岩上(いわがみ)祠(し))」となって今に至る。数奇な運命を経た霊石だけは昔の姿そのままで現在に伝わる。                                                           京都市

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京都駅近くの「東本願寺」飛び地「渉成園」にも瓦土塀があります。

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2017年10月13日 (金)

鴨川と高野川の六つの飛び石

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鴨川(この図では賀茂川と高野川もひっくるめていますが)にいくつかの飛び石がありますが、全部でいくつあるんだろうと、京都府ホームページを確認したところ、この図がありました。私が知っているのは「二条」、「荒神」、「出町」で、行ったことのない飛び石が三つあることになります。すべての飛び石を回ってみることにしました。

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まず訪れたのは最も遠い(自分から見て)、「西賀茂」で西賀茂橋の横にあります。しかし、先ほどの飛び石案内図では、「直径20センチくらいの円柱ブロックが設置されていますが、現在は土砂に埋もれて連続性がありません」とのこと。

でもとにかく行ってみようと訪れたところ、四角い飛び石が新たに設置されていました。

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「飛び石」とは
平成24年7月5日(京都府HP京都土木事務所より)

何のため?なんでこの形?

鴨川や高野川をしばしば散策される方は一度は飛び石を渡ったことがあるのではないでしょうか。
併せてこの飛び石「何のため?」と思ったり、「なぜこの形」と思ったこともありませんか?

この飛び石は、河床の安定を図るという主目的のために設けた横断構造物(これを「帯工(おびこう)」といいます。)の上にいろいろな形に模したコンクリートブロックを配置したもので、水位が低い時には人が渡ることができるという二次的な役割を果たしているのです。

今から約20数年前に「河川環境整備」の一環で親水機能を合わせ持つ仕組みにチャレンジした技術職員の試みが「鴨川を代表する風景」に成長しました。
※親水(しんすい)とは、文字通り、河川などで水に触れたり、接したりして水に親しむこと。

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二つ目の飛び石がある北山大橋の南へ向かいます。距離は2kmあまり。

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これは飛び石ではありませんが、無理すれば渡れるような・・・川に転落しそうな・・・

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「御園橋」・・ここを東に進むと上賀茂神社です。

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雲が低いです。

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上賀茂橋

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この「15km」とは、この先「賀茂川」が「鴨川」になって、桂川と合流する「鴨川」最終地点から遡って「15km」という意味です。

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ハクセキレイ

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北山大橋を通過

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賀茂川二つ目の飛び石「北山」です。府立植物園の西隣に位置し、映画ドラマのロケ地になることもあります。

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NHK BSプレミアム「京都人の密かな愉しみ 冬」篇より

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飛び石にエンブレム?が埋め込んであるのはここだけです。

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北山大橋から高野川の高野橋に移動しました。歩くのはしんどかったので市バスに乗りました。

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ここの飛び石は「亀」でした。

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下鴨神社近くの高名な料亭「下鴨茶寮」

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ご存知「ふたば」

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鴨川三角洲
「鴨川デルタ」とも呼ばれています。高野川(東側)と賀茂川」(西側)の合流点でもあり、休日は学生や家族連れで賑わいます。

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飛び石「荒神」

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この木製の箱は、段差があって遡上できない魚達のために設けられている「魚の通路」なのですが・・・・

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アオサギ君がちゃっかり待ちかまえています。

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飛び石「二条」

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