2018年11月10日 (土)

琵琶湖「湖北野鳥センター」付近のコハクチョウ

Kohoku_001

Kohoku_003
琵琶湖北部にある「湖北野鳥センター」に出かけました。先ずはJR米原駅から北陸本線に乗り換えです。


Kohoku_004

最寄の「河毛(かわけ)」駅です。しかし最寄りと言ってもここから「湖北野鳥センター」までは7kmあります。

Kohoku_002

Kohoku_005

以前はコミュニティバスもあったようですが、白テープで抹消されています。


Kohoku_006

しかも電車は1時間に1本です。


Kohoku_007

河毛駅前にある「河毛駅コミュニティハウス」は駅舎ではありませんが、観光案内所と売店を兼ねレンタサイクルも取り扱っています。


Kohoku_008

Kohoku_009

Kohoku_010

なので、「湖北野鳥センター」まではレンタサイクルでの移動です。


Kohoku_011

Kohoku_012
さっきの外に置いてある自転車がママチャリで、室内に置いてある自転車は電動アシストです。

Kohoku_013

Kohoku_014

Kohoku_015

Kohoku_016

Kohoku_017

Kohoku_018
ではこのママチャリで出発です。

Kohoku_019_2

Kohoku_020

琵琶湖


Kohoku_022

Kohoku_023

Kohoku_024

Kohoku_025

Kohoku_026

Kohoku_027

Kohoku_028

Kohoku_029

Kohoku_030

Kohoku_031

Kohoku_032

Kohoku_033

Kohoku_034

Kohoku_035

Kohoku_036

Kohoku_037

Kohoku_038

Kohoku_039

Kohoku_040

Kohoku_041

Kohoku_042

Kohoku_043

Kohoku_044

Kohoku_045

水鳥がたくさんいますね〜


Kohoku_078

Kohoku_048

Kohoku_079

Kohoku_049

Kohoku_050

Kohoku_051

Kohoku_052

コハクチョウ

Kohoku_080

Kohoku_054

「湖北野鳥センター」にほど近い「道の駅」です。ここは地元野菜の即売コーナーもあり、なかなか充実していました。

 Kohoku_055

Kohoku_056

Kohoku_057

Kohoku_058

Kohoku_059

Kohoku_060

Kohoku_061

Kohoku_062

Kohoku_063

Kohoku_064

この辺りは冬季になるとオオワシが飛来することで知られています。正面の山の中腹あたりに姿を現すそうで、この道路は野鳥カメラマンの車で一杯になるそうです。
Kohoku_065_2

Kohoku_066_2

Kohoku_067_2

Kohoku_068_3

Kohoku_069_2

Kohoku_070_2

Kohoku_071_2

Kohoku_072_3

Kohoku_073_2

Kohoku_074_2

Kohoku_075_2

Kohoku_076_2

Kohoku_077_2

2018年11月 1日 (木)

心霊スポット?「花山洞」を抜けて「清水焼の郷まつり」へ

Kiyomizu_001

 Kiyomizu_003
毎年10月第3金・土・日曜日に開催される「清水焼の郷まつり」に出かけました。前回は2年前、峠の南側「滑石(すべりいし)街道」から歩きましたが、今回は気になっていた心霊スポットとの評価?の高い「花山トンネル(花山洞)」を抜けてみようと歩き始めてみました。

Kiyomizu_004_2
先ずは山科への入口である、五条に向かいます。
Kiyomizu_006
この道は国道1号線なので、一応歩道はあります。ありますが、多くの人の往来は想定していないため、道幅はごく狭いです。

Kiyomizu_007

Kiyomizu_008
そもそもこの辺りは清水寺南側に広がる鳥辺野(とりべの)と呼ばれた風葬地であり、現在も広大な墓地となっています。

Kiyomizu_009
一般国道ではありますが、この峠にはドライブインもガストもマクドナルドもありません。

Kiyomizu_010
峠の頂の少し手前で後ろを振り返った京都市内の展望です。

Kiyomizu_011

Kiyomizu_012

Kiyomizu_013
峠の頂き付近です。この近くには火葬場もあり、「花山洞」が心霊スポットと言われる条件が整っていますね(^^ゞ
Kiyomizu_014

Kiyomizu_015

Kiyomizu_016

Kiyomizu_017
東山トンネル(自動車用通行帯)

Kiyomizu_018

Kiyomizu_019
これが「花山洞」です。

Kiyomizu_020

Kiyomizu_021

Kiyomizu_022

Kiyomizu_023
花山洞(かざんどう)は、京都市東山区清閑寺山ノ内町と京都市山科区北花山大峰町を結ぶ歩行者用トンネルで、一般的には花山トンネル(かざんトンネル)と呼ばれています。今から100年以上前の1903年(明治36年)に渋谷(しぶたに)街道の渋谷隧道(渋谷トンネル)として開通し、1967年(昭和42年)国道1号(五条バイパス)東山トンネルの開通に伴い歩行者用トンネルになりました。

Kiyomizu_024_2
心霊スポットと聞いていましたが、出口も見えるし、照明もあるし、怖い感じはありません。
Kiyomizu_025

Kiyomizu_026

Kiyomizu_027

Kiyomizu_028

Kiyomizu_029
山科側の入口に「花山洞」の扁額がありました

Kiyomizu_030

Kiyomizu_031

Kiyomizu_032

Kiyomizu_033

Kiyomizu_034

Kiyomizu_035

Kiyomizu_036

Kiyomizu_037
こんな所に「清水焼の郷まつり」の臨時駐車場があるんですね。ここからどうやって会場まで行くんだろうと思いましたが、どうやらシャトルバスがあるようです。

Kiyomizu_038

Kiyomizu_039_2

Kiyomizu_040

Kiyomizu_041

Kiyomizu_042

Kiyomizu_043
「清水焼の郷まつり」会場に到着しました。

Kiyomizu_044

Kiyomizu_045

Kiyomizu_046

Kiyomizu_047

Kiyomizu_048

Kiyomizu_049

Kiyomizu_050

Kiyomizu_051

Kiyomizu_052_2

Kiyomizu_053

Kiyomizu_054

Kiyomizu_055

Kiyomizu_056

Kiyomizu_057

Kiyomizu_058

Kiyomizu_059

Kiyomizu_060

Kiyomizu_061

Kiyomizu_062

Kiyomizu_063

Kiyomizu_064

Kiyomizu_065

Kiyomizu_066

Kiyomizu_067

Kiyomizu_068

Kiyomizu_069

Kiyomizu_070

Kiyomizu_071

Kiyomizu_072

Kiyomizu_073

Kiyomizu_074

Kiyomizu_075

Kiyomizu_076

Kiyomizu_077

Kiyomizu_078

Kiyomizu_079

Kiyomizu_080

Kiyomizu_081

Kiyomizu_082

Kiyomizu_083

Kiyomizu_084

Kiyomizu_085

Kiyomizu_101

Kiyomizu_086
鴨川に移動しました。

Kiyomizu_087

Kiyomizu_088

Kiyomizu_090

Kiyomizu_091

Kiyomizu_092

Kiyomizu_093

Kiyomizu_094

Kiyomizu_095

Kiyomizu_096

Kiyomizu_097

Kiyomizu_099

Kiyomizu_100

Kiyomizu_098

2018年10月27日 (土)

京都市動物園のハヤブサ

Hayabusa_001

Hayabusa_002

Hayabusa_019

Hayabusa_020

Hayabusa_021

Hayabusa_022

Hayabusa_005
平安神宮にほど近い「京都市動物園」には、「京都の森」というエリアがあり、美しい姿のハヤブサを間近に見ることができます。

ハヤブサの名前の由来は「すばやい翼」で、タカ目タカ科に属する鳥類でしたが、現在はハヤブサ目ハヤブサ科ハヤブサ属に分類されています。

タカ目タカ科に属する鳥類のうち大きい方が鷲(ワシ)、小さい方が鷹(タカ)の違いで判別して呼びます。大きさ順にワシ・トビ・タカ・ハヤブサの順となります。
しかし2012年から鳥の分類が変更になり、ハヤブサはハヤブサ目ハヤブサ科ハヤブサ属になってしまいました。DNA情報解析により、タカよりインコ、スズメに近いとの判断からでした。それでも私はハヤブサは、行動様式から見て猛禽類の一種だと思います(^^ゞ

【ハヤブサはインコの仲間 意外な間柄、DNAで判明】
日本経済新聞 2013/3/19付記事

鳥の世界に異変が起きている。日本鳥学会は、外見などからタカやコンドルに近いとしていた猛禽(もうきん)類のハヤブサを「インコ、スズメの仲間」と変更。特別天然記念物のトキも、コウノトリ目からペリカン目に変わった。DNAの研究が進み、大きさや性格が異なる鳥たちの意外な間柄が分かってきた。

国内の自然界で確認されている鳥は約630種類。同学会は昨年9月、「日本鳥類目録」を12年ぶりに改訂し、DNA分析の結果などを基に、分類を大幅に見直した。

山階鳥類研究所(千葉県我孫子市)の山崎剛史研究員(分類学)によると、鳥は「飛ぶ」という特別な動作をするため、他の動物に比べ、体の形状に共通点が多い。その中でも、トキは「外見が似ている」との理由でコウノトリ目に分類されてきたが、山崎研究員は「他人の空似だった」と苦笑する。

トキと同じくコウノトリ目とされていたフラミンゴは小型の水鳥カイツブリと、乾いた土地にすむミフウズラは海鳥のカモメと、それぞれ近い遺伝情報を持つことも分かった。

鳥類のDNA分析はこの10年ほどで進み、膨大なデータを安価で手に入れられるようになった。基本的にDNAが近ければ外見や生態も似るが、環境に応じてハヤブサのように大型化したり、大きなのど袋を持つペリカンのように独特の変化を遂げたりするものも。研究が進めば、進化の過程を解明できる可能性がある。

エンジン故障などの度重なるピンチを乗り越え、2010年に小惑星「イトカワ」から帰還した探査機「はやぶさ」。ハヤブサの俊敏な勇姿にちなんで名付けられ、14年には後継機「はやぶさ2」の打ち上げも計画されているが、プロジェクトを進める宇宙航空研究開発機構は「インコに近かったとは……。鳥には詳しくないのでコメントできない」と困惑気味だ。

昨年(2012年)、国内の野生では36年ぶりに繁殖したトキの野生復帰に取り組む、環境省の長田啓首席自然保護官は「分類学上の扱いが変わっただけで、保護の重要性は変わらない」と話している。
Hayabusa_006

Hayabusa_007

Hayabusa_009
※11月3日訂正
「ハヤブサ」の写真の一部としてご紹介してしまいましたが、この鳥は「オオタカ」でした。嘴の形状、鼻孔根元の色、頭蓋骨の形状などが「ハヤブサ」とは異なります。お詫び申し上げます。

Hayabusa_010

Hayabusa_011

Hayabusa_012

Hayabusa_013

Hayabusa_025

Hayabusa_026

Hayabusa_030

Hayabusa_008

Hayabusa_014
アカショウビン

Hayabusa_016

Hayabusa_031

Hayabusa_033

Hayabusa_034
猿玉?

Hayabusa_017

シロフクロウ

Hayabusa_035

Hayabusa_036
ミミズク

Hayabusa_018

Hayabusa_045

Hayabusa_039

Hayabusa_040

Hayabusa_041

Hayabusa_042_2

Hayabusa_044

Hayabusa_047

Hayabusa_004

2018年10月26日 (金)

インパクト大!萬福寺の布袋尊

Manpuku_001
宇治市にある黄檗宗(おうばくしゅう)大本山の萬福寺(まんぷくじ)の布袋さまです。

Manpuku_002
総門

Manpuku_003

Manpuku_004

Manpuku_005

Manpuku_007

Manpuku_008

Manpuku_009

Manpuku_010
三門

黄檗山 萬福寺(おおばくさん まんぷくじ)
黄檗宗は、中国・明時代の高僧隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師が1654年に日本に来られ、伝え、広めた禅宗の一派です。臨済宗の流れをくんでいるのですが、四代将軍家綱より許可を得て、宇治に黄檗山萬福寺を開くことにより、正式に黄檗宗が認められたのです。
(萬福寺HPより)

Manpuku_011

Manpuku_013

Manpuku_014

Manpuku_015
天王殿

Manpuku_016

Manpuku_017

Manpuku_018
都七福神
古来より民衆の間で信仰の篤い七福神巡りは全国で70以上ありますが、京都の「都七福神」が最古とされています。

七福神の出身地・国籍は以下の通りです。

恵比寿=日本(神道)の神
大黒天=インド(ヒンドゥー教)の神
毘沙門天=インド(ヒンドゥー教)の神
弁財天=インド(ヒンドゥー教)の神
布袋尊=中国(仏教)の神
福禄寿=中国(道教)の神
寿老神=中国(道教)の神

【ゑびす神】 ゑびす神社
商売繁盛・旅行安全・豊漁等の守護神で庶民救済の神といわれています。 知恵を働かせ体に汗して労働に従事していれば必ずこのゑびす神が福財を授けてくれます。

【大黒天】 松ヶ崎大黒天
打ち出の小槌を持ち笑みを浮かべる姿から福財の神ともいわれ、もともとは軍神でありました。 日本では福徳を重きにみて、商売繁盛の守り神とされています。

【毘沙門天】 東寺
北方の守護神、仏教を守護する神であり、毘沙門天を信仰すると十種の福を得るとされています。 菅原道真や小野道風も信仰していたといわれています。

【弁財天】 六波羅蜜寺
七福神で唯一の女神。 水を神格化したものであり、言語や音楽の神として尊信されています、また、金運・財運の神として福徳自在のご利益とされています。
都七福神事務局/六波羅蜜寺

【福禄寿神】 赤山禅院
南極星の精・泰山府君を人格化した神で、幸福・高禄・長寿の三徳をあたえられたとされ、商売繁盛・延寿・健康・除災を祈願します。

【寿老神】 革堂
中国の老子が天に昇ってなったという仙人の姿。 三千年の長寿を保つ玄鹿を従え、人々の難を払う団扇を持っていることから、福財・子宝・諸病平癒・長寿の功徳ありといわれています。

【布袋尊】 萬福寺
中国・唐の時代に実在した僧契此がルーツとされ、中国では弥勒菩薩の化身として信仰されています。

Manpuku_019

Manpuku_020

Manpuku_021

Manpuku_022

Manpuku_023

Manpuku_024

Manpuku_026

Manpuku_027

Manpuku_028
大雄宝殿(萬福寺の本堂)

Manpuku_029
創師が中国(明)の方なので、萬福寺は随所に中国の様式が見られます。

Manpuku_030

Manpuku_031

Manpuku_032
ご本尊の釈迦如来

Manpuku_033

Manpuku_034

Manpuku_035

Manpuku_036
隠元隆琦(大光普照国師)
禅師は、中国明代末期の臨済宗を代表する費隠通容禅師の法を受け継ぎ、臨済正伝32世となられた高僧で、中国福建省福州府福清県の黄檗山萬福寺(古黄檗)の住持でした。
日本からの度重なる招請に応じて、承応3年(1654)、63歳の時に弟子20人他を伴って来朝。のちに禅師の弟子となる妙心寺住持の龍渓禅師や後水尾法皇そして徳川幕府の崇敬を得て、宇治大和田に約9万坪の寺地を賜り、寛文元年(1661)に禅寺を創建。古黄檗(中国福清県)に模し、黄檗山萬福寺と名付けて晋山されることになりました。

ご開山である隠元禅師が日本に伝えた食べ物としては、皆さんがよく知っているインゲンマメ・筍の木の芽あえ等としてよく食べる孟宗竹・夏によく食べるスイカがあり、寒天の名付けの親でもあります。また、黄檗僧がもたらした中国風の精進料理である普茶料理もご賞味して頂けます。
(萬福寺HPより)

Manpuku_037

Manpuku_038

Manpuku_039

Manpuku_040

Manpuku_041
開梛(かいぱん)
木魚の原型とされ。叩く音で法要や食事の時間をしらせます。
目を閉じることのない魚は不眠不休を象徴し、口からは煩悩珠を吐き出しています。日夜修業に励み清い心を持つようにと僧侶たちを叱咤する姿です。

Manpuku_042

Manpuku_044

Manpuku_045

Manpuku_046

Manpuku_047

Manpuku_048

Manpuku_050
京阪電車「黄檗駅」

Manpuku_051
鴨川・三条大橋南
Manpuku_052
7月6日の大雨により崩れた護岸ですが、応急手当だけで本格的な補修にはいっていません。多分7月の時点で補修しても台風襲来の恐れがあるため、台風シーズンが過ぎるのを待っているのだと思います(私の勝手な推測です(^^ゞ)

Manpuku_053

Manpuku_054

Manpuku_055_2

Manpuku_056

Manpuku_057

Manpuku_058

Manpuku_059

Manpuku_060

Manpuku_061

Manpuku_062

Manpuku_063

Manpuku_064
祇園花見小路

Manpuku_065

Manpuku_066

Manpuku_067
通りすがりの舞妓さん

2018年10月25日 (木)

カップヌードルミュージアム

Chicken_001

Chicken_002

Chicken_003

世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」発祥の地、大阪府池田市にある「カップヌードルミュージアム」を訪れました。
Chicken_004

Chicken_005

Chicken_006
圧巻のハッケージ展示です。

Chicken_007

Chicken_008

Chicken_009

Chicken_010

Chicken_011

Chicken_012

Chicken_013_3

Chicken_014

Chicken_015
「どん兵衛」と「UFO」は同じ年の発売なんですね。

Chicken_016

Chicken_017

Chicken_018

Chicken_019

Chicken_020

Chicken_021
マイカップヌードルファクトリー
世界でひとつだけのオリジナル「カップヌードル」を作ることができる工房。自分でデザインしたカップに、4種類の中から好みのスープと、12種類の具材の中から4つのトッピングを選べます。予約不要で1個300円。所要時間は45分。

Chicken_022

Chicken_023_2

Chicken_024

Chicken_025
こちらは小麦粉からチキンラーメンを作ってしまうという、やや難度の高い?「チキンラーメンファクトリー」です。予約制、500円で所要時間は90分。

Chicken_026

Chicken_027

Chicken_028
安藤百福(あんどうももふく)氏は、大阪府池田市の自宅裏庭に建てた小さな小屋で、
ありふれた道具を使って研究を重ね、世界で初めてのインスタントラーメンである
「チキンラーメン」を生み出しました。その小屋を再現した展示です。

Chicken_029

Chicken_030

Chicken_031

Chicken_032

Chicken_033

Chicken_034

Chicken_035

Chicken_036

Chicken_037
オリジナルグッズも販売しています。
Chicken_038

Chicken_039

Chicken_040
消しゴム・・100円 卵を乗せる凹みも再現されていました。
シャープペンシル・・200円

2018年9月29日 (土)

彼岸花 あるいは曼珠沙華

Higanbana_001

Higanbana_002
JR嵯峨嵐山駅

Higanbana_003

Higanbana_068
トロッコ嵯峨駅

 Higanbana_069

Higanbana066_2 広沢池の西から大沢池にかけてのあぜ道で彼岸花が旬との情報を得て、散策してみました。

Higanbana_006

Higanbana_008

Higanbana_009

Higanbana_011
広沢池(ひろさわのいけ)は、宇多天皇の孫にあたる寛朝僧正(かんちょうそうじょう)が平安時代中期に、池の北側(遍照寺山の麓)に遍照寺を建立したことに併せて造られたものと伝えられているが、一説には、この付近一帯の用水池として掘られたものともいわれている。
 遍照寺は、池のほとりに釣殿(つりどの)・月見堂などを設けた美しい風景を前にした大きな寺であったが、早い時期に荒廃した。その後、ここから南に約300mの所に再建され、堂内に、創建当時の遺像といわれる十一面観音立像(重要文化財)と不動明王坐像(重要文化財)を安置している。
 この池は、西に位置する大覚寺の大沢池とともに、古くから観月の名所として知られ、多くの歌人によって数多くの歌が詠まれた。
現在は鯉などの養殖が行われており、年末に池の水を抜いて成長した鯉を収穫する「池ざらし」は、京の冬の風物詩となっている。
 また、この児神社(ちごじんじゃ)は、寛朝僧正が他界した際、悲しみに打ちひしがれて池に身を沈めた僧正の稚児を弔うために建てられたものである。
(駒札より)

Higanbana_070
児神社(ちごじんじゃ)

Higanbana_071
普段は閑静な児神社も毎年8月16日は広沢池灯篭流しの拠点となり、にぎわいます。
(2017年8月16日撮影)

Higanbana_072
(2017年8月16日撮影)

Higanbana_012

Higanbana_013
観音島入口

Higanbana_014_2

Higanbana_015

Higanbana_016
千手観音像

Higanbana_017

Higanbana_018

Higanbana_019
お社があったはずの場所にお社がありません。どうやら9月初旬の台風21号の暴風雨により、吹き飛ばされてしまったようです。

Higanbana_074
(2017年8月16日撮影)
昨年撮影した写真にお社がありました。

Higanbana_020

Higanbana_021
松の木もへし折られています。

Higanbana_022

Higanbana_023

Higanbana_024

Higanbana_025

Higanbana_026

Higanbana_027

Higanbana_028

Higanbana_029
このアスパラのようなものが彼岸花の新芽です。葉はありません。

Higanbana_030
まるで赤い花火のようです。

Higanbana_031

Higanbana_032

Higanbana_033

Higanbana_034

Higanbana_035

Higanbana_036

Higanbana_037

Higanbana_038

Higanbana_039
大覚寺

Higanbana_040
毎年行われている「観月の夕べ」は台風21号の被害に遭い、本年は中止との案内が掲げられていました。

Higanbana_041

Higanbana_042
鴨川三条大橋付近

Higanbana_043

Higanbana_044

Higanbana_045
四条大橋付近

Higanbana_046

Higanbana_048

Higanbana_049

Higanbana_050

Higanbana_051
祇園花見小路

Higanbana_052
交通安全キャンペーンで舞妓さんの姿を拝謁できました。

Higanbana_053

Higanbana_054

Higanbana_055
小野篁(おののたかむら)とお盆のお迎え鐘で有名な六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)です。

六道珍皇寺
「六道」とは、仏教の教義でいう地獄道(じごく)・餓鬼道(がき)・畜生道(ちくしょう)・修羅(阿修羅)道(しゅら)・人道(人間)・天道の六種の冥界をいい、人は因果応報(いんがおうほう)により、死後はこの六道を輪廻転生(りんねてんせい)する(生死を繰返しながら流転する)という。 この六道の分岐点で、いわゆるこの世とあの世の境(さかい)(接点)の辻が、古来より当寺の境内あたりであるといわれ、冥界への入口とも信じられてきた。

このような伝説が生じたのは、当寺が平安京の東の墓所であった鳥辺野に至る道筋にあたり、この地で「野辺の送り(のべのおくり)」をされたことより、ここがいわば「人の世の無常とはかなさを感じる場所」であったことと、小野篁が夜毎(よごと)冥府通いのため、当寺の本堂裏庭にある井戸をその入口に使っていたことによるものであろう。この「六道の辻」の名称は、古くは「古事談」にもみえることよりこの地が中世以来より「冥土への通路」として世に知られていたことがうかがえる。
(六道珍皇寺HPより)

Higanbana_056

Higanbana_057

Higanbana_058
このお寺の梵鐘は内装式とでもいうか、壁に囲まれた内側の鐘なんです。なので音もマイルドです。

Higanbana_075

Higanbana_059

Higanbana_060

Higanbana_061

Higanbana_062

Higanbana_067
白い彼岸花

Higanbana_064

2018年8月18日 (土)

2018年五山送り火「妙・法」

Myouhou_001

五山送り火
ご先祖様の霊を「お精霊さん(おしょらいさん)」と親しみを込めて呼び、それぞれの家にお迎えして、お盆の間、家族と一緒に過ごします。

そして、お精霊さんが冥府に帰る8月16日の夜には、その帰り道を明るく照らすために送り火を燃やします。これが京都四大行事の一つ、五山送り火です。

今年は五山送り火のひとつ「妙・法」の撮影に出かけました。宝ヶ池公園の南側にあり、この界隈を歩いたことはありますが、送り火に行くのは初めてです。

Myouhou_002
地下鉄烏丸線「松ヶ崎」駅で下車します。この駅名板の下に「宝池自動車教習所」と書かれていますが、ネットで検索したところ、この「宝池自動車教習所」が「妙・法」の内、「妙」の撮影ベストスポットであるとの情報を得て、8月16日朝から下見に出かけました。

Myouhou_003

Myouhou_004
「宝池自動車教習所」
う〜ん、なるほどこの位置ならいいと思います。ただし工事中の塀が無粋ですねえ。

Myouhou_005

Myouhou_006

Myouhou_007

Myouhou_008
すでに火床の準備は整っており、雨対策のシートも掛けてあります。

Myouhou_009
「宝池自動車教習所」からもっと近寄ってみたらどうなるかと、山に進んでみましたが、近寄りすぎると手前の木々で、「妙」の下部が隠れてしまいます。やはり先ほどの自動車学校の南端がベストスポットと思われます。

Myouhou_010
さて、次は「法」のスポット探しですが、そもそも「法」」が見える場所が少ないです。北山通りにごく近く、低い山なので建物があるところでは「法」がほとんど見えません。やっと駐車場越しに「法」が見える場所を見つけました。

Myouhou_011

Myouhou_012

Myouhou_013_2
もう少し近づいてみようと進むと、町内会掲示板に「法」の山は8月17日に限り入山が許可されるとの案内がありました。

Myouhou_014
Myouhou_015_2
消防隊員の方々も出動しています。

Myouhou_016
下見を終えて、夕刻になりました。再び「宝池自動車教習所」です。(18時45分)

Myouhou_017

Myouhou_018

Myouhou_019

Myouhou_020
(18時59分)

Myouhou_021
真っ暗だった教習所コースにライトが灯りました。やはりこの自動車学校は五山送り火の日にこのコースを開放しているんですね。(19時06分)

Myouhou_022
(19時27分)
Myouhou_023
(19時42分)
Myouhou_024
(19時51分)
Myouhou_025
(20時5分)
Myouhou_026

Myouhou_027_2

Myouhou_028

Myouhou_029

Myouhou_030

Myouhou_031

Myouhou_032

Myouhou_033

Myouhou_034
「妙」と「法」は二つで一組の送り火ですが、「妙」と「法」は1キロ離れているので、急ぎ「法」に向かいます。

Myouhouk_2                  京都新聞Web Site より

Myouhou_036

Myouhou_037
やっとのことで写真を撮ったところで午後8時25分になり、「法」は消火されてしまいました。どうやら「妙・法」の点灯時間は20分のようです。
Myouhou_038
翌日は前日とはうって変わっての晴天となりました。

Myouhou_039

Myouhou_040

Myouhou_041

Myouhou_042

Myouhou_043

Myouhou_044

Myouhou_045
松ヶ崎大黒天のすぐ横にある「法の字山」登山口

Myouhou_046

Myouhou_047

Myouhou_048

Myouhou_049

Myouhou_050

Myouhou_051

Myouhou_052

Myouhou_053
Myouhou_054

Myouhou_059

Myouhou_055

Myouhou_056

Myouhou_057

Myouhou_058

2018年7月29日 (日)

2018年6月30日夏越しの祓え(なごしのはらえ)

Nagoshi_001

撮影日が前後しますが、6月30日に京都市内各所で行われた茅の輪潜りの様子をご案内します。
茅の輪潜り
1年の半分が過ぎる6月30日、多くの神社で夏越の祓(なごしのはらえ)として「茅の輪潜り(ちのわくぐり)」が行われます。参道の鳥居や笹の葉を建てて注連縄を張った結界内に茅で編んだ直径数 m ほどの輪を建て、ここを氏子が正面から最初に左回り、次に右回りと 8 字を描いて計3回くぐることで、半年間に溜まった病と穢れを落とし残りの半年を無事に過ごせることを願うという神事です。

Nagoshi_002_2
ゑびす神社

Nagoshi_003

Nagoshi_004

Nagoshi_005

Nagoshi_006

Nagoshi_007

梛神社

Nagoshi_008

Nagoshi_009

Nagoshi_010

Nagoshi_011

Nagoshi_012

Nagoshi_013

桜で名高い平野神社

Nagoshi_014

Nagoshi_015

Nagoshi_016

Nagoshi_017
白峯神宮

Nagoshi_018

Nagoshi_019

Nagoshi_020

和気清麻呂と和気広虫をお祀りする護王神社
Nagoshi_021

Nagoshi_022

Nagoshi_023

Nagoshi_024

Nagoshi_025
八坂神社

Nagoshi_026

Nagoshi_027_2

Nagoshi_028

Nagoshi_029

Nagoshi_030

Nagoshi_031

Nagoshi_032
安井金毘羅宮

Nagoshi_033

Nagoshi_034

Nagoshi_035

2018年7月21日 (土)

CPUアップグレード

Cpu_009
今回は京都と全く関係のない話で恐縮ですが、自宅のパソコンのCPUを交換し、少し写真も撮ったのでアップします。

自宅のパソコンはMacProというタワー型PCですが、なにしろ古い(^^ゞ。2010年製なので8年使っています。8年前のパソコンというのは普通使えなくなりますが、CPUにIntelのXeon(ジーオン)というサーバー用のチップを採用しているので、今でもそこそこ動きます。このマシンをこのまま使える限り使っていこうと思っていましたが、先日、Mac関連サイトでMacProのCPUアップグレードキットというものを発見しました。
Vintage Computerさんというアメリカ西海岸のMac関連製品の会社でしたが、運営は日本の方でホームページも日本語で判りやすく、早速発注したところアメリカからの発送でしたが、わずか5日で到着しました。
※写真は本体を寝かせてサイドカバーを開けたところです。

Cpu_002
CPUソケットのロックを解除します。

Cpu_003
引き出したCPUソケットと、アップグレードキットです。右からCPU、アルコールを含んだ布(熱伝導剤の拭きとり用)、3ミリ六角レンチ、熱伝導剤です。

Cpu_004
六角レンチで巨大なヒートシンクを外します。

Cpu_005
古いCPUを取り外し、新しいCPUをセットします。この後、新しく取り付けたCPUの表面に熱伝導剤を薄く塗布し、ヒートシンクを取り付けましたが、作業に熱中していたので写真を撮り忘れました(^^ゞ
Cpu_006
CPUソケットを元の位置に戻しました。

Cpu_007
ハードウエアを交換した後は、作業にミスがあると起動しないこともありうるので、神様に「無事起動しますように」とお願いし電源を入れると・・・・・すんなり起動してくれました(^^ゞ
これでわが家のMacProは、Intel Xeon W3530 2.8GHz 4Core からIntel Xeon W3690 3.46GHz 6Coreにアップグレードできました。

Cpu_008
8年間頑張って動いてくれた、取り外した後の2.8GHz 4CoreのXeonです。

2018年7月 7日 (土)

2018年7月6日 鴨川増水

Zohsui_001
鴨川は時折、氾濫するのではないかと心配するほど増水することがあります。昨日(7月6日)はそんな日でした。
いつもは穏やかな鴨川が時に見せる荒々しい姿です。

四条大橋左岸から撮影した荒ぶる鴨川です。YouTubeにアップしました。

Zohsui_036_2
普段はこんな感じなんですよ。

Zohsui_002
七条大橋から三条大橋まで、鴨川を遡ってみました。

Zohsui_003

Zohsui_004

Zohsui_005
正面橋(正面通りにかかる橋)
正面というのはなにの正面か・・・・今は失われてしまいましたが昔あった大仏様の正面なんです。

Zohsui_006

Zohsui_007
五条大橋

Zohsui_008

Zohsui_009
流れが速すぎて魚が獲れず悩んでいるオオサギ君。

Zohsui_010

Zohsui_011
左側が有名な料理旅館 鶴清(つるせ)です。

Zohsui_012
アオサギ君は、今日は魚は獲れないなと、いさぎよく諦めている様子です。

Zohsui_013

Zohsui_014
松原橋

Zohsui_015

Zohsui_016

Zohsui_017

Zohsui_018_3
四条大橋

Zohsui_019

Zohsui_020

Zohsui_021

Zohsui_022_2

Zohsui_023

Zohsui_024

Zohsui_025

Zohsui_026

Zohsui_027

Zohsui_030_2
三条大橋

Zohsui_031_2

Zohsui_032
もちろん「立入禁止」ですが・・・

Zohsui_033_3
行けと言われても進めません(^_^;)
Zohsui_034

2018年6月22日 (金)

スズメの手のひらエサ遣り

Suzume_003

Suzume_004
鴨川三条大橋下でぼーっとしていたら(ぼーっとしているのは得意(^^ゞ)、一羽のスズメが近づいてきました。そのスズメからは「エサくれよー」とでも言われてるような感じを受けたので、小さなパン屑を投げると50センチくらいまで寄ってきました。鳩に手のひらのエサを食べさせたことはあるけど、用心深いスズメでは無理だよね、とは思ったけど試しに差し出すと手のひらのパンを食べてくれました。
こんな写真が撮れて、ちょっと嬉しいです(^o^)/

Suzume_002

Suzume_001

Suzume_005
スズメ君の食事を羨ましそうに眺める遠巻きのカラス君とアオサギ君。

2018年6月 9日 (土)

サッカー・球技・スポーツの守護神「白峯神宮」

Shiramine_001

Shiramine_002

Shiramine_003
ここ「白峯神宮」は一般観光客が多く集まる観光地ではありません。同志社大学がある烏丸今出川交差点から西に600m程の堀川今出川にある神社ですが、なぜ「白峯神社」ではなく「白峯神宮」なのか。「神宮」の社号を有する神社は伊勢神宮(正式には「神宮」)を含め、全国で20数社を数えるのみです。なぜこの神社は「神宮」の社号を持っているか。それは祭神に、恐ろしい怨霊となった(と信じられていた)崇徳天皇(すとくてんのう)を祀っているからです。「白峯」とは崇徳天皇が保元の乱に敗れ、流刑となり生涯京に戻ることなく歿した讃岐の国(現香川県坂出市)の地名です。

白峰神宮 由緒
幕末、風雲急を告げる中、121代孝明天皇は、保元の乱(1156)によって悲運の運命を辿られた第75代崇徳天皇の御霊を慰め、かつ未曾有の国難にご加護を祈らうとされ、幕府に御下命になり四国・坂出の「白峰山陵」から京都にお迎えして、これを祀らうとされましたが叶わぬままに崩御されました。

明治天皇は父帝の御遺志を継承・心願成就され、宮地を和歌・蹴鞠の公卿宗家「飛鳥井家」の邸宅地跡に求められ、慶応4年(明治元年)9月6日、社殿を現在地に新造。奉迎鎮座されました。続いて明治6年に第47代淳仁天皇の御神霊を淡路島南端の御陵からお移して、御併祀になりました。

当初は神祇官員が日々ご奉仕しましたが、明治の新制度により官幣中社としての待遇をうけ、昭和十五年には官幣大社に御昇格・「 白峯神宮 」となりました。

また、当神宮には「まり」の守護神として「精大明神」が祀られています。「精大明神」は蹴鞠・和歌の宗家である公卿・飛鳥井家が代々守護神として邸内にお祀りしてきたもので、当神宮がその祭祀を受け継いでおります。

そのために、今では「まりの神様」として崇敬され、日本サッカー協会をはじめ各種スポーツにおいて、使用された公式球が奉納されています。御神徳を仰ぎ、野球・サッカーを始めとする球技や新体操、また日々の習い事に至るまでの目的の上達を願う参拝者が多く訪れます。

けまりは、ボールを落とさない事・落ちない事から、勉学の神 白峯天神様のご利益が学力を落とさない・試験に落ちないなどと縁起が良いとされています。

春秋の修学旅行シーズンには、新人戦や大会に向け御祭神の御神徳を頂こうと学生達の参拝が多く、目的の上達を願い全国唯一の「闘魂守」を授かって、日々の練習の成果を発揮して頂いています。また、蹴鞠保存会100周年記念に建立されました「蹴鞠碑」前での記念撮影や、全国唯一の「闘魂守」を授与しています。

このほか、崇徳天皇に仕え、武道の神として、源氏の頭領源為義・鎮西八郎為朝公を祀る「伴緒社」、縁結び、水の神「潜龍社」また、魔除・厄除の神と御利益が有る「柊大明神」を祀る、柊護符を節分の時季に限り戴ける。 境内各所に祀られています。
(白峯神宮HPより)


Shiramine_004

Shiramine_005

Shiramine_006

Shiramine_007

Shiramine_008

Shiramine_009

Shiramine_010

Shiramine_011

Shiramine_012

Shiramine_013

Shiramine_014_2

Shiramine_015
鞠庭

Shiramine_016

Shiramine_017

Shiramine_018

Shiramine_019

Shiramine_020

Shiramine_021
これは日本最恐の怨霊と言われる崇徳天皇の別の姿、優れた歌人として残した百人一首「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ」の碑です。
Shiramine_022

Shiramine_023

Shiramine_024

Shiramine_025

Shiramine_026

Shiramine_027

Shiramine_028

Shiramine_029

Shiramine_030

Shiramine_031_2

Shiramine_032

Shiramine_033

Shiramine_034

Shiramine_035

大田神社のカキツバタと上賀茂神社の社家

Kakitsu_001

Kakitsu_002
上賀茂神社

Kakitsu_003

Kakitsu_004

Kakitsu_005

Kakitsu_006
社家(しゃけ)とは、神社に仕える神官の住まいのと。この街並みは上賀茂神社の神職を世襲してきた神官の家であり、代々、賀茂氏族の子孫に限られてい たそうです。

Kakitsu_035_2
上賀茂伝統的建築物群保存地区
このあたりは、室町時代から上賀茂神社の神官の屋敷町として街並みが形成されてきました。
明神川に架かる土橋、川沿いの土塀や門、独特の妻飾り持った社家、土塀越しの庭の緑、これらが一体となって貴重な社家の景観を今に伝えています。
京都市では昭和63年に当地区を上賀茂伝統的建築物群保存地区に指定し。風趣ある街並みの保存を図っています。


Kakitsu_007

Kakitsu_008_2

Kakitsu_009

Kakitsu_010

Kakitsu_011
上賀茂神社の摂社「大田神社」

Kakitsu_012

Kakitsu_013

Kakitsu_014

Kakitsu_015

Kakitsu_016

Kakitsu_017

Kakitsu_018

Kakitsu_019

Kakitsu_020

Kakitsu_021

Kakitsu_022

Kakitsu_023

Kakitsu_024

Kakitsu_025

Kakitsu_026

Kakitsu_027

Kakitsu_028

Kakitsu_029

Kakitsu_030

Kakitsu_031

Kakitsu_032

Kakitsu_033

Kakitsu_034

Kakitsu_036

Kakitsu_038

Kakitsu_037
撮影日 2018年5月11日

2018年5月25日 (金)

得淨明院(とくじょうみょういん)の戒壇巡りと一初(いちはつ)

Toku_002_2

Toku_003_2

Toku_026_2

Toku_004_2

Toku_005_2

Toku_006_2

Toku_007
得浄明院(とくじょうみょういん)は、京都府京都市東山区にある無宗派の単立寺院。無宗派ではあるが、浄土宗鎮西派の特別寺院となっている。信州善光寺大本願の京都別院でもある。
明治27年(1894年)9月、京都市東山の知恩院の西側、かつて知恩院入道親王の住坊であった華頂殿跡の敷地跡に、善光寺大本願の京都別院の尼寺として建立される。
開山は善光寺大本願第117世誓圓尼(伏見宮邦家親王第3王女、幼名真喜宮)。誓圓尼は、関西や西日本の人々が、信州までお参りするのはなかなか大変なことであるため、関西の近くで善光寺如来の仏縁を人々に結ばせたいと発心し、善光寺の別院の建立を思い立った。そこで、京都に住んでいた元天台座主でもある兄の久邇宮朝彦親王に相談した結果、その計らいによって空き地となっていた華頂殿敷地の大部分を、明治15年(1882年)6月、賛同した知恩院管長の大徳、養鸕徹定が誓圓尼に寄進し、善光寺別院の建立の端が発せられた。本尊は善光寺の一光三尊阿弥陀如来の分身を安置している。また善光寺同様に戒檀巡りができるようになっている。
(Wikipediaより)
さて、この「戒檀巡り(かいだんめぐり)」というのが、凄かったんです。
さらっと書かれていますが、この「戒檀巡り」は、真の闇にある秘仏の御本尊様の下を巡って、仏様の分身ともいえるお錠前に触れることによって、仏様と縁を結び極楽往生のお約束をいただき、私たちが本来持っている仏縁の種を大切に育ててゆくことを仏様にお誓いする「行」なのだそうです。
Toku_001_4
この中が、本当に真の闇で、自分の手も見えない状況です。こんな感じです。突然視力を失ったかのような恐怖感があり、これははっきり言って「びびり」ました。

Toku_001_5
壁の触覚しか頼るものがなく、しばらく進むと壁が無くなります。おおっっと、あ、なんだ、右折するんだと理解し、壁だけが頼りの中、進んでいきます。

Toku_001_6
2回目の右折があり、しばらく進むと鍵・・錠前の感触がありました。「あっ、これが錠前か」と嬉しくて何度か触れ、先に進みます。3回目の右折後ようやく出口(入口と同じ場所)に戻って、仄かな光が見えた時、なんと安堵したことでしょう。
Toku_009_2
早咲きのツツジ・・・イチハツです。
Toku_010_3

Toku_011_2

Toku_012_2

Toku_013_2

Toku_014_2

Toku_015_2

Toku_016_2

Toku_017_2

Toku_018_2

Toku_019_2
Toku_020_2
得淨明院のある、知恩院参道手前には「親水テラス」と・・・

Toku_021_2
一本橋があります。別名「行者橋」、「阿闍梨橋」ともいわれます。天台宗の修行のうちでも随一の荒行とされる千日回峰行を終えた行者が、京都の町に入洛する際、最初に渡る橋とされています。現在の橋は1907年架橋され、長さ約12メートルで、幅は60センチしかありません。

Toku_022_2

Toku_023_2

Toku_024_2

Toku_025_2

2018年5月24日 (木)

鴨川のトビたち

Tobi_001_2

Tobi_002

Tobi_003

Tobi_004

Tobi_005

Tobi_006
熾烈なカラスとトビの縄張り争い?

Tobi_007_2
カラス君、トビはおとなしい性質だけど、猛禽類だからちょっかい出さないほうが身のためだと思うよ。

Tobi_008

Tobi_009

Tobi_010

Tobi_011

Tobi_012

Tobi_013

Tobi_014

Tobi_015

Tobi_017

Tobi_018

Tobi_019

Tobi_020

Tobi_021

Tobi_022

Tobi_023

Tobi_024

Tobi_025

Tobi_026

Tobi_027

Tobi_028

Tobi_029

Tobi_030

Tobi_031

Tobi_032

Tobi_033

Tobi_035

Tobi_036
久しぶりに出会ったカルガモの親子

Tobi_037

Tobi_038

Tobi_039

Tobi_040

Tobi_041

Tobi_042

Tobi_043

Tobi_044

Tobi_045_2

Tobi_046

Tobi_047

Tobi_048

2018年4月28日 (土)

乙訓寺の見事な牡丹

Botan_001

Botan_002

Botan_003

Botan_004

Botan_005

Botan_006
乙訓寺(おとくにでら)は京都府長岡京市にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺院。牡丹の寺として知られる。
寺伝では推古天皇の勅命により聖徳太子が建立したと言われている古刹である。創建の正確な事情や時期は未詳であるが、境内出土の瓦の年代から、長岡京造営以前、奈良時代の創建と推定されている。
延暦3年(784年)桓武天皇が長岡京を造営した際には都の地鎮として大規模に増築されている。また藤原種継暗殺事件の首謀者の嫌疑をかけられた早良親王が幽閉された場所でもあるとされ、空海が一時住したともいわれる。 長岡京が廃都となっても大規模な伽藍を擁し室町時代でも10を越す僧坊があったという。今でこそ牡丹の寺として有名であるが牡丹を植生する前の往年は寂しい佇まいの寺であった。現在、豊山派総本山である長谷寺より2,000株の牡丹が移植されている。
(Wikipediaより)

Botan_007_2

Botan_008

Botan_009

Botan_010

Botan_011

Botan_012

Botan_013

Botan_014

Botan_015

Botan_016

Botan_017

Botan_018

Botan_019

Botan_020

Botan_021

Botan_022

Botan_023

Botan_024

Botan_025

Botan_027

Botan_028

Botan_029

Botan_030

Botan_031

Botan_032

Botan_033

Botan_034

Botan_035

この乙訓寺は桓武天皇の実弟で皇太子(次期天皇)であった早良親王が幽閉された寺でした。

早良親王(さわらしんのう)
奈良時代末期の皇族。光仁天皇の皇子。生母は高野新笠。桓武天皇、能登内親王の同母弟。延暦19年(800年)、崇道天皇(すどうてんのう)と追称されたが皇位継承をしたことはないため、歴代天皇には数えられていない。
延暦4年(785年)9月23日夜に「藤原種継(ふじわらのたねつぐ)暗殺事件」が起こった。
長岡京遷都の責任者であった藤原種継が暗殺されるという事件に、早良親王も連座していたとして廃太子され、9月28日には長岡京の乙訓寺に幽閉され、淡路国への流罪が決まった。
早良親王は無実であることを証明するためとも、朝廷から飲食を停止されたとも言われるが、幽閉から10日余りの絶食に耐え、淡路国に配流される途中、河内国高瀬橋付近で憤死したとされる。
それでもなお桓武天皇は、弟の早良親王の亡骸をそのまま淡路国に運ばせて埋葬させた。
実際に藤原種継暗殺に早良親王が関与していたかは不明である。
(Wikipediaより)

Botan_036

Botan_037

Botan_038

Botan_039

Botan_040

Botan_041

Botan_042

Botan_043

Botan_044

Botan_045

Botan_046

Botan_047

Botan_048
観光客用の演出かなと思ったこの傘ですが、その理由について、花の世話をしている方にお話が伺えました。日光に当てると花は急速に開くため、少しでも花を長い期間見られるようにということが一つの理由。もう一つの理由は雨が降って、花がポトンと落ちてしまうことを防ぐためだそうです。

Botan_049

Botan_050

Botan_051

Botan_052
この場所は傘ではなくよしずで覆っていました。

Botan_053

Botan_054

Botan_055

Botan_056

Botan_057

Botan_058

Botan_059

Botan_060

Botan_061

Botan_062

Botan_063
乙訓寺を後にして、長岡天満宮に向かう途中にあった料亭で、今日供されるであろうたけのこを洗っている料理人さんを見かけました。

Botan_064
この辺りは知る人ぞ知る、タケノコの名産地なんです。

京都府乙訓地域(京都市西部、向日市、長岡京市、大山崎町)で生産されるたけのこは、最高級のものは「白子(しろこ)」と呼ばれ、軟らかく、えぐみが少なく、独特の風味と歯ざわりの良さが特徴です。「京都式軟化栽培法」と呼ばれる特殊な方法で栽培され、秋から冬にかけての敷きわら、土入れの作業が重要で、これらを長年続けてきたことによりやわらかな土壌となって、良質のたけのこが生産されます。
(近畿農政局ホームページより)

Botan_065

Botan_066

Botan_067

Botan_068
長岡天満宮

Botan_069

Botan_070

Botan_071

Botan_072

Botan_073

Botan_074

Botan_075
キリシマツツジ満開です。

Botan_077

Botan_134

Botan_078

Botan_079

Botan_080

Botan_081

Botan_082

Botan_083

Botan_084

Botan_086

Botan_087
たけのこ即売所

Botan_088

Botan_089

Botan_090_2

Botan_091

Botan_092

Botan_093

Botan_094

Botan_095

Botan_096

Botan_097

Botan_098

Botan_099

Botan_100

Botan_102

Botan_103

Botan_104

Botan_105

Botan_106

Botan_107

Botan_108

Botan_109

Botan_110

Botan_111
料亭「錦水亭」

Botan_112

Botan_113

Botan_114

Botan2_001

Botan_116

Botan_117

Botan_118

Botan_119
アヤメ

Botan_120
ハス

Botan_121

Botan_122

Botan_123

Botan_124

Botan_125

Botan_126

Botan_127

Botan_128

Botan_129

Botan_130

Botan_131

Botan_132

Botan_133

Botan_135

Botan_136

Botan_137

Botan_138

Botan_139

Botan_140

Botan_141

Botan_142
京都四条木屋町に移動しました。

Botan_143

Botan_144

Botan_145

Botan_146
鴨川で河畔清掃活動が行われていました。

Botan_147

Botan_148
初夏に向かい、鮎などの魚の遡上をアシストする、魚道の設置が行われていました。

Botan_149

Botan_150

Botan_151

Botan_152

Botan_153

Botan_154
納涼床の設置も進んでます。夏が近づいていますね。

Botan_155

Botan_156

Botan_157

Botan_158

2018年4月 7日 (土)

2018年3月31日 さくら満開

Sewari_001
京都府八幡市(やわたし)にある淀川河川公園背割堤(せわりてい)地区
昨年訪れた時は、七分咲きといったところでしたが、今年は見事な満開でした。

Sewari_002

Sewari_003

Sewari_004

Sewari_005

Sewari_006

Sewari_007

Sewari_008

Sewari_009

Sewari_010

Sewari_011

Sewari_012

Sewari_013

Sewari_014

Sewari_015

Sewari_016
ローカルテレビ局の中継車かなあと思っていたら、この日、この時間に「ウエークアップぷらす」の生中継をしていたそうです。

Sewari_017

Sewari_018

Sewari_019

Sewari_020

Sewari_021

Sewari_022

Sewari_023

Sewari_024

Sewari_025

Sewari_026

Sewari_027

Sewari_028

Sewari_029

Sewari_030

Sewari_031

Sewari_032

Sewari_033

Sewari_034
上空にはドローンが・・・

Sewari_035

Sewari_036

Sewari_037

Sewari_038

Sewari_039

Sewari_040

Sewari_041

Sewari_042

Sewari_043

Sewari_044

Sewari_045

Sewari_046

Sewari_047

Sewari_048

Sewari_049

Sewari_050

Sewari_051

Sewari_053

Sewari_054

Sewari_055

Sewari_056

Sewari_057

Sewari_058

Sewari_059

Sewari_060

Sewari_061

Sewari_062

Sewari_063

Sewari_064

Sewari_065
展望塔に上る順番待ちの列

Sewari_066

Sewari_067

Sewari_068

Sewari_069

Sewari_070

Tgyoen_001
鴨川三条大橋に移動しました。

Tgyoen_002

Tgyoen_003

Tgyoen_004

Tgyoen_006

Tgyoen_007

Tgyoen_008

Tgyoen_009

Tgyoen_011

Tgyoen_012

Tgyoen_013

Tgyoen_014
南座は改装中です

Tgyoen_015

Tgyoen_016
高瀬川

Tgyoen_017

Tgyoen_018

Tgyoen_019

Tgyoen_020

Tgyoen_021

Tgyoen_022

Tgyoen_023
京都御苑

Tgyoen_024

Tgyoen_025

Tgyoen_026

Tgyoen_027

Tgyoen_028

Tgyoen_029

Tgyoen_030

Tgyoen_031
これは桃の花です

Tgyoen_032

Tgyoen_033

Tgyoen_034

Tgyoen_035

Tgyoen_036

Tgyoen_037

Tgyoen_038

Tgyoen_039

Tgyoen_040

Tgyoen_041

Tgyoen_042

Tgyoen_043

Tgyoen_044

Tgyoen_045

Tgyoen_046

Tgyoen_047

2018年3月23日 (金)

須賀神社の懸想文(けそうぶみ)売り

Kesoubumi_001
「懸想文(けそうぶみ)売り」が登場する須賀神社の節分祭
節分の日は、須賀神社でももちろん豆まきが行われます。しかし参拝者のお目当てはそれだけではありません。ここの節分会の見ものは、「懸想文売り」がこの時だけ姿を現すことです。懸想文売りは烏帽子(えぼし)をかぶって水干(すいかん:昔の衣装)を身にまとい、覆面で顔を隠し目元だけを出しているという、なんとも怪しげな格好。彼らは文(ふみ)をつけた梅の枝を右手に持ち、左手には懸想文を持って、境内を歩きます。この文は縁談や商売繁盛の願いを叶えてくれるお守りで、人に知られないように鏡台やタンスの引き出しの中に入れると着物が増え、容姿が美しくなり、良縁にも恵まるという御利益があると言われています。

「懸想文」のはじまり
懸想文とは、公家など限られた人しか文字が書けなかった時代に自分の恋心を代わりに書いてもらっていた文、つまりラブレターの代筆文をいいます。懸想文の風習は平安時代から始まり、江戸時代になると盛んに行われ、いつしかラブレターの代筆業を行う「懸想文売り」が登場したといわれています。懸想文売りがなぜ覆面で顔を隠しているのかというと、実はこの商売をしていたのが、貴族だったからです。町の人々に代筆業のアルバイトをしていることがばれないように顔を隠していたのだとか。
この風習は明治になると一旦廃れてしまいましたが、第二次世界大戦後、夫婦神がまつられている須賀神社で節分祭の2日間だけ、再び懸想文売りが現れるようになりました。この2日間は、懸想文を求め大勢の女性が神社を訪れます。

Kesoubumi_002

Kesoubumi_003

Kesoubumi_004

Kesoubumi_005

Kesoubumi_006

Kesoubumi_007

Kesoubumi_008

Kesoubumi_009

Kesoubumi_010

Kesoubumi_011

Kesoubumi_012

Kesoubumi_013

Kesoubumi_014

Kesoubumi_015

Kesoubumi_017
すぐ近くの聖護院門跡でも節分会が行われていました。

Kesoubumi_018

Kesoubumi2_001
この通りには八つ橋の老舗「聖護院八ッ橋」さんと「本家西尾八ッ橋」さんがありますが、「本家西尾八ッ橋」さんでは例年節分にお茶とぜんざいを無料接待しています。

Kesoubumi_020

Kesoubumi_021

Kesoubumi_022

Kesoubumi_026

Kesoubumi_023
「ぜんざい」か「きな粉餅」を選べますが、「ぜんざい」をいただきました。ごちそうさまです。

Kesoubumi_025

Kesoubumi_024
「本家西尾八ッ橋」のマスコットキャラクター「あんなま忍者八ッ蔵(やつぞう)」君

Kesoubumi_019

2018年2月28日 (水)

八坂神社の節分

Setsubun_063

Setsubun_002
八坂神社では舞妓さんの豆まきがあると聞きつけ、参拝させていただきました。

Setsubun_003

Setsubun_004

Setsubun_005

Setsubun_006

Setsubun_007

Setsubun_008

Setsubun_010

Setsubun_011
警備中のお巡りさんも思わず撮影(^^ゞ

Setsubun_012
先斗町の舞妓さん

Setsubun_013

Setsubun_014

Setsubun_015

Setsubun_016

Setsubun_017

Setsubun_018

Setsubun_019

Setsubun_020

Setsubun_021

Setsubun_022

Setsubun_023

Setsubun_024

Setsubun_025

Setsubun_026

Setsubun_027

Setsubun_028

Setsubun_029

Setsubun_030

Setsubun_031
弥栄雅楽会の舞い奉納

Setsubun_032

Setsubun_033
花街宮川町

Setsubun_034

Setsubun_035

Setsubun_036

Setsubun_037

Setsubun_038

Setsubun_039

Setsubun_040

Setsubun_041

Setsubun_042

Setsubun_043

Setsubun_044

Setsubun_045

Setsubun_046

Setsubun_047

Setsubun_048

Setsubun_049

Setsubun_050

Setsubun_051
豪華賞品が並んでいます。

Setsubun_052

Setsubun_053
さて、私は・・・・

Setsubun_054

Setsubun_055

Setsubun_056

Setsubun_057

Setsubun_058

Setsubun_059

Setsubun_060
お酢が当たりました。充分嬉しいです。

Setsubun_061

Setsubun_062

2018年2月 9日 (金)

雪の金閣寺

Kinkaku_020
金閣寺
正式名称を鹿苑寺(ろくおんじ)といい、相国寺の塔頭寺院の一つです。舎利殿「金閣」が特に有名なため一般的に金閣寺と呼ばれています。
元は鎌倉時代の公卿、西園寺公経の別荘を室町幕府三代将軍の足利義満が譲り受け、山荘北山殿を造ったのが始まりとされています。
金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世にあらわしたと言われ、有名な一休禅師の父である後小松天皇を招いたり、中国との貿易を盛んにして文化の発展に貢献した舞台で、この時代の文化を特に北山文化といいます。義満の死後、遺言によりお寺となり、夢窓国師を開山とし、義満の法号鹿苑院殿から二字をとって鹿苑寺と名づけられました。
(相国寺HPより)

Kinkaku_001

Kinkaku_002

Kinkaku_003

Kinkaku_004

Kinkaku_005

Kinkaku_006

Kinkaku_007

Kinkaku_008

Kinkaku_009

Kinkaku_010_2

Kinkaku_011_2

Kinkaku_012

Setsubun_050

Kinkaku_013

Kinkaku_014

Kinkaku_015


Kinkaku_017_2

Kinkaku_018_2

Kinkaku_019_2

Kinkaku_021

Kinkaku_022

Kinkaku_023

Kinkaku_024

Kinkaku_025

Kinkaku_026

Kinkaku_027

Kinkaku_028

Kinkaku_029

Kinkaku_030

Kinkaku_031

Kinkaku_032

Kinkaku_033

Kinkaku_034

Kinkaku_036

Kinkaku_037

Kinkaku_038

Kinkaku_039

Kinkaku_040

Kinkaku_041

Kinkaku_042

Kinkaku_043

Kinkaku_044

Kinkaku_045

Kinkaku_046

Kinkaku_047

Kinkaku_048
三条大橋西

Kinkaku_049
鴨川

«2018年1月20日 城南宮の湯立神楽(じょうなんぐうのゆだてかぐら)