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2018年5月25日 (金)

得淨明院(とくじょうみょういん)の戒壇巡りと一初(いちはつ)

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得浄明院(とくじょうみょういん)は、京都府京都市東山区にある無宗派の単立寺院。無宗派ではあるが、浄土宗鎮西派の特別寺院となっている。信州善光寺大本願の京都別院でもある。
明治27年(1894年)9月、京都市東山の知恩院の西側、かつて知恩院入道親王の住坊であった華頂殿跡の敷地跡に、善光寺大本願の京都別院の尼寺として建立される。
開山は善光寺大本願第117世誓圓尼(伏見宮邦家親王第3王女、幼名真喜宮)。誓圓尼は、関西や西日本の人々が、信州までお参りするのはなかなか大変なことであるため、関西の近くで善光寺如来の仏縁を人々に結ばせたいと発心し、善光寺の別院の建立を思い立った。そこで、京都に住んでいた元天台座主でもある兄の久邇宮朝彦親王に相談した結果、その計らいによって空き地となっていた華頂殿敷地の大部分を、明治15年(1882年)6月、賛同した知恩院管長の大徳、養鸕徹定が誓圓尼に寄進し、善光寺別院の建立の端が発せられた。本尊は善光寺の一光三尊阿弥陀如来の分身を安置している。また善光寺同様に戒檀巡りができるようになっている。
(Wikipediaより)
さて、この「戒檀巡り(かいだんめぐり)」というのが、凄かったんです。
さらっと書かれていますが、この「戒檀巡り」は、真の闇にある秘仏の御本尊様の下を巡って、仏様の分身ともいえるお錠前に触れることによって、仏様と縁を結び極楽往生のお約束をいただき、私たちが本来持っている仏縁の種を大切に育ててゆくことを仏様にお誓いする「行」なのだそうです。
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この中が、本当に真の闇で、自分の手も見えない状況です。こんな感じです。突然視力を失ったかのような恐怖感があり、これははっきり言って「びびり」ました。

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壁の触覚しか頼るものがなく、しばらく進むと壁が無くなります。おおっっと、あ、なんだ、右折するんだと理解し、壁だけが頼りの中、進んでいきます。

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2回目の右折があり、しばらく進むと鍵・・錠前の感触がありました。「あっ、これが錠前か」と嬉しくて何度か触れ、先に進みます。3回目の右折後ようやく出口(入口と同じ場所)に戻って、仄かな光が見えた時、なんと安堵したことでしょう。
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早咲きのツツジ・・・イチハツです。
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得淨明院のある、知恩院参道手前には「親水テラス」と・・・

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一本橋があります。別名「行者橋」、「阿闍梨橋」ともいわれます。天台宗の修行のうちでも随一の荒行とされる千日回峰行を終えた行者が、京都の町に入洛する際、最初に渡る橋とされています。現在の橋は1907年架橋され、長さ約12メートルで、幅は60センチしかありません。

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