神社

2017年3月18日 (土)

鉄輪(かなわ)の井

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昔、堺町松原下ル(現在の下京区)に、ある夫婦が住んでいました。ところが夫が浮気をし、嫉妬深い妻は怒り狂い、ついには呪いの願掛けに走りました。丑の刻参り(丑三参り〈うしみつまいり〉とも呼ばれる)です。顔に朱をさし、身体に丹(赤色の絵の具)を塗り、頭には鉄輪(三本の足を持つ五徳)をかぶり、その三本の足には蝋燭、口に松明をくわえ、丑の刻に向かう先は貴船神社……

150shirosyozoku呪いの正装?はこんな感じのようです。(Google画像検索からのイラストです)
堺町松原下ルあたりから貴船神社へは片道15km往復30kmの道のりです。この一本歯の下駄では歩行が困難でしょうから、下駄は貴船神社に着いてから履いたものと思われます。

150gotoku                                                 五徳(ごとく)

呪詛の満願は七日であったが、その六日目に女はついに力尽きたのか、自宅近くの井戸のそばで息絶えていた。哀れに思った者がかぶっていた鉄輪を塚と見立てて葬り、やがてその井戸は「鉄輪井戸」と呼ばれるようになりました。
 そして一つの伝説が生まれました。この「鉄輪井戸」の水を飲ませると、どんな縁でも切れるという、その噂は広く知られるようになり、多くの人が水を求めてこの地を訪れたそうです。

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有名な鉄輪井戸ですが、簡単には見つかりません。『鐵輪跡』と刻まれた碑だけが頼りです。そして井戸は民家の敷地内にある、個人の表札が掲げられた格子戸をくぐり、更に路地を奥へ約10メートル入った場所にあります。

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突き当たりの右側に「鉄輪の井」があります。

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井戸は既に金網に覆われ、もはや縁切りの水は汲めませんが、その井戸の上には鉄輪の由来書が置かれ、更に水に関する注意書きが置かれてあります。ということは、今でも縁切りのためにわざわざ足を運ぶ人間が存在するということです。

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江戸時代になって、縁切りの鉄輪井戸ではよろしくないなあということで、その隣に稲荷明神が祀られるようになり、その御利益は「縁結び」。強力な縁切りの効果は、逆に強力な縁結びに通じるという発想ですね。ですが、その稲荷神社も江戸末期には焼け落ち、町内の総意のもとで昭和に入ってようやく再建され、夫婦和合・福徳円満の神として祀られ、その名を命婦(みょうぶ)稲荷神社といいます。

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2016年11月27日 (日)

ライトアップ其の壱〜二寧坂から清水寺へ

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2016年11月12日 (土)

北野天満宮の「曲水の宴(きょくすいのうたげ)」

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2016年11月3日、北野天満宮で開かれた「曲水の宴」を拝観させていただきました。
「曲水の宴」は毎年4月第2日曜日に上賀茂神社で、4月29日と11月3日に城南宮で開催されていますが、北野天満宮での「曲水の宴」は初めてとのことで、北野天満宮HPでこの催しを見つけ、確認したところまだ席が残っていたため、即座に申し込みました。
曲水の宴とは、和歌の詠者が庭園に流れる小川のへりに座り、川に流した盃(さかづき)が手元に着くまでに和歌を詠む歌会。道真も宇多天皇が主催する宴に何度も招かれ、多くの歌を残したと伝えられています。

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当日券は終了との案内がでていました。

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ここで受付を済ますと、案内パンフレットと入場券を渡されます。

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お餅も授与されました。

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夏に「御手洗祭(みたらしまつり」が開かれた「御手洗川」を渡り、「曲水の宴」が開かれる、「別離の庭」に進みます。

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京都雅楽隊の皆様です。

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怪しげな表情がいいですね。

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かわいらしい女の子達の役割は何でしょうね。

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詠み手男女二人とも顔が強張り気味です。

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こちらは凛としていますね。

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今にも吹き出しそうなこの表情・・何が可笑しかったのでしょう。

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白拍子の登場です。

【白拍子】しらびょうし
本来、「歌につけて打つ拍子のこと」、あるいは「管弦の伴奏なしで歌うこと」などを意味したとされるが、転じてその歌舞を行う人自身を指すようになったと考えられる。その芸能の形態は『平家物語』によれば、今様や朗詠を歌った後に、鼓などを伴奏に舞ったとされる。

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出番のようです。

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この杯を乗せる水鳥の模型を「羽觴(うしょう)」というそうですが、彼女達の役割はこの羽觴が小川のどこかで滞ってしまった時に、持っている竹竿で川下に進めることでした。

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2016年10月16日 (日)

愛宕神社(あたごじんじゃ)への参詣は登山です

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愛宕神社
全国に約900社ある火難・火除けにご利益のある愛宕神社の総本社です。
標高924メートル、愛宕山の山頂にあり、昭和初期から第二次世界大戦末期までは、嵐山から鉄道とケーブルカーでつながれた観光拠点でしたが、現在は脚で登るしかない、信仰の山に戻っています。

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清滝トンネル
このトンネルを抜けると清滝バス停があり、その先が愛宕山登山口です。今は信号に従う1車線交互通行の隧道(すいどう・・トンネル)ですが、元々は第二次世界大戦まで存在した愛宕山鉄道のトンネルでした。

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京都バス清滝停留所

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登山口まではいったん下ります。

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清滝川

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右に進むと月輪寺ルート登山道です

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ケーブルカー軌道跡地

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果てしなく続く、天国への階段か・・・

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大杉社(549m)五合目です。

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ここまで登ればここから先は比較的平坦な山道になります。

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ハナ売り場

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山頂にはポカリスウェット自販機があり、販売価格は200円ですが、この時の私は500円でも購入する気分でした。

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この山に3000回登った人、3500回登った人の記念碑。凄いですね。

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ケーブルカー路線跡地です

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314かつて存在した愛宕山頂上駅

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帰りは峠道を越えてみました。試峠(こころみとうげ)というそうです。

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トンネルを越えるとすぐに有名な「愛宕念仏字(おたぎねんぶつじ)」がありましたが、へばっていたので拝観はパスしました。

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この辺りは「鳥居元」と呼ばれ、五山送り火の「鳥居型」の地です。

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鳥居の形がはっきり見えませんが、ここが鳥居送り火の山です

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この聖火台のような、ローソク台のような火床に燃える木の束を差し込んでいくそうです。

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2016年9月17日 (土)

北野天満宮七夕祭と御手洗川足つけ神事

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上七軒の芸妓さんが茶店でおもてなし

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さて、こちらは「京の七夕」鴨川会場です。

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プロジェクションアート

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LEDで灯りをともす風鈴灯

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2016年2月16日 (火)

首途八幡宮(かどではちまんぐう)の見事な鳩

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西陣・首途八幡宮の手水舎には生きているかのような鳩の銅像があります。

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この脚のリアルさ・・。

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首途八幡宮(かどではちまんぐう)
宇佐神宮(大分県宇佐市にある八幡宮の総本宮)から八幡大神を勧請したのが始まりと伝えられ、誉田別尊(ほんだわけのみこと・・応神天皇)、比咩大神(ひめおおかみ)、息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと・・神功皇后)を祭神とする。
もとの名を「内野八幡宮(うちのはちまんぐう)」といい、平安京の大内裏(だいだいり・・皇居や官庁があった場所)の北東に位置していたため、王城鎮護の神とされた。

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源義経奥州首途の碑
武勇と仁義に誉れ高き英雄、源九郎義経(げんくろうよしつね)は高倉天皇の時、承安四年(1174)三月三日夜明け、鞍馬山からここ首途八幡宮(かどではちまんぐう)に參詣し旅の安全と武勇の上達を願い、奥州の商人金売橘次(かねうりきちじ)に伴われ奥州平泉の藤原秀衡(ふじわらのひでひら)のもとへと首途(旅立ち)した。この地に橘次の屋敷があったと伝えられ、この由緒により元「内野八幡宮」は「首途八幡宮」と呼ばれるようになった。
時に源義経(みなもとのよしつね)十六歳であった。

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2016年1月30日 (土)

今宮神社のあぶり餅

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一文字屋和輔さんのあぶり餅

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今宮神社の参道には、名物あぶり餅のお店が2軒あります。

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今宮神社に向かって右側のお店が「一文字屋和輔」通称「一和(いちわ)」で、なんと創業1000年。日本最古の和菓子店です。小屋根をよくみると鍾馗さんが三体置かれています。

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左側は創業400年のあぶり餅「かざりや」さんです。こちらの鍾馗さんは一体のみです。

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あぶり餅(あぶりもち)は、きな粉をまぶした親指大の餅を竹串に刺し、炭火であぶったあと白味噌のタレをぬった餅菓子です。
平安中期の一条天皇の子供が疫病にかかり、厄除けの願いを込めてあぶり餅を供えたことが始まりだったのです。以来、無病息災を祈り、あぶり餅を食べる風習になりました。今宮神社参道では、応仁の乱や飢饉になったときに庶民にこのあぶり餅をふるまったと言われています。

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一人前15本ほどありますが、軽く食べられます。

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今宮神社
平安期以前から疫病鎮めに疫神を祀った社があったといわれる。994年(正暦5)都の悪疫退散を祈り、御輿を造営し紫野御霊会を営んだのが今宮神社の起りである。現在の社殿は1902年(明治35)の再建。4月第2日曜のやすらい祭は京の三大奇祭の一つ。徳川五代将軍網吉の生母 桂昌院(幼名お玉)の氏神社として、良縁開運「玉の輿」のご利益を願う人で賑う。

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この近くに生家があった桂昌院(お玉)の碑

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「阿呆賢(あほかし)さん」と呼ばれる神占石(かみうらいし)。撫でて軽くなれば願いが叶うといわれています。

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2016年1月 9日 (土)

2016年元旦 伏見稲荷

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「うなぎ」「寿司」に続き、「すずめ」と「うずら」とは・・・

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伏見稲荷名物、「すずめ」と「うずら」の焼き鳥。あまり食べたくないので私はパスしました。

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2016年1月 2日 (土)

大晦日〜2016年元旦

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皆様、新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
今年最初の1枚は、京都御苑、初日の出の木漏れ陽です。

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大晦日の錦市場。午前9時30分なのでまだ空いています。

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南座の隣にあるにしんそばを考案した「松葉」さんです。

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円山公園の枝垂れ桜。4ヶ月後に見事に開花する筈です。

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祇園小唄の歌碑

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尺八路上ライブ

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下京区松原通寺町西入にある焼き芋屋さん「林商店」〜明治20年創業だそうです。

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繁昌神社

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四条烏丸交差点

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四条麩屋町上ル付近

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蕎麦ぼうろの「河道屋」が営む「晦庵(みそかあん)」

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京都の名宿「たわらや」。スティーブ・ジョブズ氏も京都ではここに泊まったそうです。

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寺町商店街の「桂月堂」。明治13年創業の欧風菓子店です。

Zuiun ロールケーキの原型といわれる、由緒ある焼き菓子「瑞雲」
「桂月堂」の顔ともいえる「瑞雲」は、おもたせの定番として親しまれている京都の定番的銘菓。1928(昭和3)年、昭和天皇の御即位御大典に際し創作され、ロールケーキの先駆けともいわれています。スポンジとパイ生地を重ねて巻き、一つずつカットしてから焼き上げるため、一般的なロールケーキとは異なる独特の食感が楽しめます。

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巽橋(たつみばし)

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京都迎賓館

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猿が辻

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【京都御苑の自転車道】
広大な敷地を持つ京都御苑は京都市民の憩いの場でもあり、自転車や歩行者の通路でもあります。京都御苑は細かい砂利が敷き詰めてあるので自転車は少々走りにくい。自転車に乗った人は少しでも砂利がない所(先に自転車が通った跡)を走ります。何台も何台も自転車が通ると砂利のない道が作られます。これが京都御苑の「自転車道」です。やはり歩行者にとっても歩きやすいので、この道沿いに歩きます。


2015年10月31日 (土)

醍醐道(滑り石街道)の新熊野神社と大石神社

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新熊野神社のくすのき

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新熊野神社(いまくまのじんじゃ)
熊野信仰の盛んな平安時代末期、永暦元年(1160年)、後白河法皇によって創建された神社です。法皇は一生のうちに34回熊野に参詣されていますが、当時の都人にとって熊野に参詣することは大変なことで、そう何回も行けるわけではありません。そこで、熊野の新宮・別宮として創建されたのが当社で、当社は長らく京の熊野信仰の中心地として栄えました。
(新熊野神社HPより)

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本堂の後ろ側に熊野の古道を模した小道があります。

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八咫烏(やたがらす)は、日本神話において神武東征(じんむとうせい)の際、高皇産霊尊(タカミムスビ)によって神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされるカラス(烏)。一般的に三本足のカラスとして知られ古くよりその姿絵が伝わっている。

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さて、新熊野神社から山科に抜ける醍醐道はここから始まります。

東大路通り今熊野交差点から山科に通じる山越えの道、醍醐道は「滑り石越え」と呼ばれ、元禄時代に山科に閉居していた大石内蔵助が大事を胸に秘めて、何度も京と山科を往復したと言われている道なのでした。この「滑り石」という名の由来は冬、凍結したこの道で大石内蔵助が滑って転んだからだ、という説もあります。

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道を入ってすぐ右手にあるベーカリー

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振り返ると京都タワーが正面です。

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峠の途中。道端にはどんぐりがいっぱいです。

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峠を越えると山科の町並みが姿を現します。

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山科側に随分下った頃、右手にひなびた鳥居がありました。

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大石の瀧とあります。

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大石良雄のかくれ家?

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鳥居と共に住居の跡地のようなものがあります。これが大石内蔵助の隠れ家だったのでしょうか。

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元の道に戻り、ほどなく交通量のある道に出ました。大石内蔵助を祀る大石神社が間近のようです。

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大石神社
昭和十年、赤穂義士大石内蔵助良雄の義挙を顕彰するため大石内蔵助良雄公をご祭神として、大石隠棲の地に京都府知事を会長とする大石神社建設 会、山科義士会、また、当時浪曲界の重鎮であった吉田大和之丞 (奈良丸) を会長とするもの等の団体が組織され、全国の崇敬者により創建された。
(大石神社HPより)

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宝物殿には忠臣蔵の資料が多数展示されています。

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大石内蔵助良雄(おおいしくらのすけよしたか)

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Daigo
醍醐道ロードマップ

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