神社

2018年3月23日 (金)

須賀神社の懸想文(けそうぶみ)売り

Kesoubumi_001
「懸想文(けそうぶみ)売り」が登場する須賀神社の節分祭
節分の日は、須賀神社でももちろん豆まきが行われます。しかし参拝者のお目当てはそれだけではありません。ここの節分会の見ものは、「懸想文売り」がこの時だけ姿を現すことです。懸想文売りは烏帽子(えぼし)をかぶって水干(すいかん:昔の衣装)を身にまとい、覆面で顔を隠し目元だけを出しているという、なんとも怪しげな格好。彼らは文(ふみ)をつけた梅の枝を右手に持ち、左手には懸想文を持って、境内を歩きます。この文は縁談や商売繁盛の願いを叶えてくれるお守りで、人に知られないように鏡台やタンスの引き出しの中に入れると着物が増え、容姿が美しくなり、良縁にも恵まるという御利益があると言われています。

「懸想文」のはじまり
懸想文とは、公家など限られた人しか文字が書けなかった時代に自分の恋心を代わりに書いてもらっていた文、つまりラブレターの代筆文をいいます。懸想文の風習は平安時代から始まり、江戸時代になると盛んに行われ、いつしかラブレターの代筆業を行う「懸想文売り」が登場したといわれています。懸想文売りがなぜ覆面で顔を隠しているのかというと、実はこの商売をしていたのが、貴族だったからです。町の人々に代筆業のアルバイトをしていることがばれないように顔を隠していたのだとか。
この風習は明治になると一旦廃れてしまいましたが、第二次世界大戦後、夫婦神がまつられている須賀神社で節分祭の2日間だけ、再び懸想文売りが現れるようになりました。この2日間は、懸想文を求め大勢の女性が神社を訪れます。

Kesoubumi_002

Kesoubumi_003

Kesoubumi_004

Kesoubumi_005

Kesoubumi_006

Kesoubumi_007

Kesoubumi_008

Kesoubumi_009

Kesoubumi_010

Kesoubumi_011

Kesoubumi_012

Kesoubumi_013

Kesoubumi_014

Kesoubumi_015

Kesoubumi_017
すぐ近くの聖護院門跡でも節分会が行われていました。

Kesoubumi_018

Kesoubumi2_001
この通りには八つ橋の老舗「聖護院八ッ橋」さんと「本家西尾八ッ橋」さんがありますが、「本家西尾八ッ橋」さんでは例年節分にお茶とぜんざいを無料接待しています。

Kesoubumi_020

Kesoubumi_021

Kesoubumi_022

Kesoubumi_026

Kesoubumi_023
「ぜんざい」か「きな粉餅」を選べますが、「ぜんざい」をいただきました。ごちそうさまです。

Kesoubumi_025

Kesoubumi_024
「本家西尾八ッ橋」のマスコットキャラクター「あんなま忍者八ッ蔵(やつぞう)」君

Kesoubumi_019

2018年2月28日 (水)

八坂神社の節分

Setsubun_063

Setsubun_002
八坂神社では舞妓さんの豆まきがあると聞きつけ、参拝させていただきました。

Setsubun_003

Setsubun_004

Setsubun_005

Setsubun_006

Setsubun_007

Setsubun_008

Setsubun_010

Setsubun_011
警備中のお巡りさんも思わず撮影(^^ゞ

Setsubun_012
先斗町の舞妓さん

Setsubun_013

Setsubun_014

Setsubun_015

Setsubun_016

Setsubun_017

Setsubun_018

Setsubun_019

Setsubun_020

Setsubun_021

Setsubun_022

Setsubun_023

Setsubun_024

Setsubun_025

Setsubun_026

Setsubun_027

Setsubun_028

Setsubun_029

Setsubun_030

Setsubun_031
弥栄雅楽会の舞い奉納

Setsubun_032

Setsubun_033
花街宮川町

Setsubun_034

Setsubun_035

Setsubun_036

Setsubun_037

Setsubun_038

Setsubun_039

Setsubun_040

Setsubun_041

Setsubun_042

Setsubun_043

Setsubun_044

Setsubun_045

Setsubun_046

Setsubun_047

Setsubun_048

Setsubun_049

Setsubun_050

Setsubun_051
豪華賞品が並んでいます。

Setsubun_052

Setsubun_053
さて、私は・・・・

Setsubun_054

Setsubun_055

Setsubun_056

Setsubun_057

Setsubun_058

Setsubun_059

Setsubun_060
お酢が当たりました。充分嬉しいです。

Setsubun_061

Setsubun_062

2018年1月12日 (金)

2018年元旦 八坂神社〜粟田(あわた)神社〜日向(ひむかい)大神宮

Gantan_001
皆様、遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。
本年も当ブログをよろしくお願いいたします。

Gantan_002

Gantan_003

Gantan_004

Gantan_005

Gantan_006

Gantan_007

Gantan_008

Gantan_009

Gantan_010

Gantan_011

Gantan_012

Gantan_013

Gantan_014

Gantan_015
青蓮院門跡の大くすのき

Gantan_016
正面奥は平安神宮

Gantan_017
粟田神社(あわたじんじゃ)
牛頭天王(ごずてんのう=スサノオノミコト)を祭神とし、古くは感神院新宮(かんじんいんしんぐう)、粟田天王宮と称されていたが、明治になり粟田神社と改称された。 10月15日に行われる神幸祭には剣鉾巡行と神輿渡御が行われ、粟田祭の剣鉾は祇園祭の山鉾の原形といわれているそうです。

Gantan_018

Gantan_019

Gantan_020

Gantan_021

Gantan_022

Gantan_023

Gantan_024

Gantan_025

Gantan_026

Gantan_027

Gantan_028

Gantan_029

Gantan_030

Gantan_031
鍛冶神社
粟田口(あわたぐち)の刀工、三条小鍛冶宗近・粟田口藤四郎吉光と、作金者(かなだくみ)の祖である天目一筒神を祀る鍛冶の神様です。

Gantan_032_2
日向大神宮参道

Gantan_033_2

Gantan_035
この参道は蹴上インクラインの横にあります。

Gantan_036

Gantan_037

Gantan_038

Gantan_039

Gantan_040

Gantan_041

Gantan_042

Gantan_043

Gantan_044

Gantan_045

Gantan_046
ここが伊勢神宮を参拝できる「伊勢遥拝所」です。

Gantan_047

Gantan_048

Gantan_049
硬貨限定?のおさい銭箱

Gantan_050

Gantan_051
「日向大神宮」は京都最古の神社の一つで、5世紀末・顕宗天皇の時代に、筑紫の日向の高千穂の峰の神蹟を移したのが興りとされています。日向大神宮の名の由来は遠く宮崎・日向の国から神様を迎えたことにあるようです。

Gantan_052

Gantan_053

Gantan_054

Gantan_055

Gantan_056

Gantan_057

Gantan_058
この神社は規模は小さいですが、伊勢神宮とおなじく、外宮と内宮をもっています。まずは外宮から参拝します。

Gantan_059

Gantan_060

Gantan_073

Gantan_074

Gantan_075

Gantan_061

Gantan_063
内宮です。「若水」とは元旦の早朝汲み上げられたご神水で、正月三が日参拝者に授与されます。

Gantan_064

Gantan_065
内宮の横になんと「天の岩戸」があります。

Gantan_066

Gantan_067

Gantan_068

Gantan_069
戸隠(とがくし)神社
祭神はもちろん、天の岩戸をこじ開けた天手力男命(あめのたぢからおのみこと)

Gantan_070

Gantan_071

Gantan_077

Gantan_078
日向大神宮は地下鉄「蹴上」駅に近く、せっかくなので「ねじりまんぽ」も撮影しました。

Gantan_079
「ねじりまんぽ」は南禅寺に抜ける歩行者用トンネルですが、内面の強度を高めるためレンガをねじり、渦をまくような造りになっています。「まんぽ」とは鉱山の坑道などトンネル構造を指す古い言葉で,「まんぷ」「まぶ」とも呼ばれ,「間歩」などの漢字が充てられるそうです。

Himukaimap4

2018年1月 6日 (土)

2017年大晦日

Ohmisoka_001
八坂神社「をけら詣り」

2017年12月31日、新年を翌日に控えた京都の神社や街角を巡ってみました。

Ohmisoka_002_2
京都名物のひとつ、ラーメン店「第一旭」の早朝行列。午前7時開店で、この時午前7時4分。

Ohmisoka_003
京阪伏見稲荷駅

Ohmisoka_004_2
ホームに不思議な機械を発見

Ohmisoka_005
なんと外国人向け、外貨両替機。

Ohmisoka_006

Ohmisoka_007

Ohmisoka_008

Ohmisoka_009

Ohmisoka_010

Ohmisoka_011

Ohmisoka_012

Ohmisoka_013

Ohmisoka_014

Ohmisoka_015
流石は五穀豊穰の神様を祀る「伏見稲荷」、しめ飾りに稲をあしらっています。

Ohmisoka_016

Ohmisoka_017

Ohmisoka_018

Ohmisoka_019

Ohmisoka_020

Ohmisoka_021

Ohmisoka_022

Ohmisoka_023
先斗町に移動しました。

Ohmisoka_024

Ohmisoka_025

Ohmisoka_026

Ohmisoka_027

Ohmisoka_028

Ohmisoka_029

Ohmisoka_030
先斗町歌舞練場

Ohmisoka_031
久しぶりに見る「キセキレイ」

Ohmisoka_032

Ohmisoka_033

Ohmisoka_035

Ohmisoka_036
酔っ払いの仕業かな

Ohmisoka_037

Ohmisoka_038

Ohmisoka_039

Ohmisoka_040

Ohmisoka_041

Ohmisoka_042

Ohmisoka_043

Ohmisoka_044

Ohmisoka_045

Ohmisoka_046

Ohmisoka_047

Ohmisoka_048

Ohmisoka_049

Ohmisoka_050

Ohmisoka_051

Ohmisoka_052

Ohmisoka_053

Ohmisoka_054

Ohmisoka_055

Ohmisoka_056

Ohmisoka_057

Ohmisoka_060

Ohmisoka_058

Ohmisoka_059

Ohmisoka_062

Ohmisoka_063

Ohmisoka_064

Ohmisoka_065

Ohmisoka_066

Ohmisoka_067

Ohmisoka_068

Ohmisoka_069_2
北野天満宮

Ohmisoka_070

Ohmisoka_071

Ohmisoka_072

Ohmisoka_073

Ohmisoka_074

Ohmisoka_075

Ohmisoka_076

Ohmisoka_077

Ohmisoka_078

Ohmisoka_079

Ohmisoka_080

Ohmisoka_081

Ohmisoka_082

Ohmisoka_083

Ohmisoka_084

Ohmisoka_085

Ohmisoka_086

Ohmisoka_087

Ohmisoka_088
錦市場

Ohmisoka_089

Ohmisoka_090

Ohmisoka_091

Ohmisoka_092

Ohmisoka_093

Ohmisoka_094

Ohmisoka_095_2

Ohmisoka_096

Ohmisoka_097

Ohmisoka_098

Ohmisoka_099
「三木鶏卵」・・・すぐ近くに軒を並べる「田中鶏卵」と並ぶ、だし巻き卵の名店。

Ohmisoka_100

Ohmisoka_101

Ohmisoka_102

Ohmisoka_103

Ohmisoka_104

Ohmisoka_105

Ohmisoka_106

Ohmisoka_107

Ohmisoka_108

Ohmisoka_109

Ohmisoka_110
このぶら下がっているのは、京野菜「堀川ごぼう」で、女性の腕ほどある巨大ごぼうです。

Ohmisoka_111
八坂神社

Ohmisoka_112

Ohmisoka_113

Ohmisoka_114

Ohmisoka_115

Ohmisoka_116

Ohmisoka_117

Ohmisoka_118

Ohmisoka_119

Ohmisoka_120

Ohmisoka_121

Ohmisoka_122

Ohmisoka_124

Ohmisoka_125

Ohmisoka_126

Ohmisoka_127

Ohmisoka_128

Ohmisoka_129

Ohmisoka_130

Ohmisoka_131

Ohmisoka_132

Ohmisoka_133

Ohmisoka_135

Ohmisoka_136

Ohmisoka_137

Ohmisoka_138

Ohmisoka_139

Ohmisoka_140

Ohmisoka_141_2

Ohmisoka_142

Ohmisoka_143

Ohmisoka_144

Ohmisoka_145

Ohmisoka_146

Ohmisoka_147

Ohmisoka_151

Ohmisoka_148

Ohmisoka_149

Ohmisoka_150

2017年3月18日 (土)

鉄輪(かなわ)の井

20170303_123822
昔、堺町松原下ル(現在の下京区)に、ある夫婦が住んでいました。ところが夫が浮気をし、嫉妬深い妻は怒り狂い、ついには呪いの願掛けに走りました。丑の刻参り(丑三参り〈うしみつまいり〉とも呼ばれる)です。顔に朱をさし、身体に丹(赤色の絵の具)を塗り、頭には鉄輪(三本の足を持つ五徳)をかぶり、その三本の足には蝋燭、口に松明をくわえ、丑の刻に向かう先は貴船神社……

150shirosyozoku呪いの正装?はこんな感じのようです。(Google画像検索からのイラストです)
堺町松原下ルあたりから貴船神社へは片道15km往復30kmの道のりです。この一本歯の下駄では歩行が困難でしょうから、下駄は貴船神社に着いてから履いたものと思われます。

150gotoku                                                 五徳(ごとく)

呪詛の満願は七日であったが、その六日目に女はついに力尽きたのか、自宅近くの井戸のそばで息絶えていた。哀れに思った者がかぶっていた鉄輪を塚と見立てて葬り、やがてその井戸は「鉄輪井戸」と呼ばれるようになりました。
 そして一つの伝説が生まれました。この「鉄輪井戸」の水を飲ませると、どんな縁でも切れるという、その噂は広く知られるようになり、多くの人が水を求めてこの地を訪れたそうです。

6c782eb9

20161021_084511

20161021_084517

20161021_084529
有名な鉄輪井戸ですが、簡単には見つかりません。『鐵輪跡』と刻まれた碑だけが頼りです。そして井戸は民家の敷地内にある、個人の表札が掲げられた格子戸をくぐり、更に路地を奥へ約10メートル入った場所にあります。

20161021_084539
突き当たりの右側に「鉄輪の井」があります。

20170303_123828

20161021_084625

20161021_084623

20170303_123940

20161021_084612
井戸は既に金網に覆われ、もはや縁切りの水は汲めませんが、その井戸の上には鉄輪の由来書が置かれ、更に水に関する注意書きが置かれてあります。ということは、今でも縁切りのためにわざわざ足を運ぶ人間が存在するということです。

20170303_123835

20170303_123856
江戸時代になって、縁切りの鉄輪井戸ではよろしくないなあということで、その隣に稲荷明神が祀られるようになり、その御利益は「縁結び」。強力な縁切りの効果は、逆に強力な縁結びに通じるという発想ですね。ですが、その稲荷神社も江戸末期には焼け落ち、町内の総意のもとで昭和に入ってようやく再建され、夫婦和合・福徳円満の神として祀られ、その名を命婦(みょうぶ)稲荷神社といいます。

Map

2016年11月27日 (日)

ライトアップ其の壱〜二寧坂から清水寺へ

20161125_174131_2

20161125_181117

20161125_181241

20161125_181159

20161125_181136

20161125_180925

20161125_180745

20161125_180630

20161125_180535

20161125_180524

20161125_180153

20161125_173705

20161125_174500

20161125_174633

20161125_174711

20161125_174942

20161125_175002

20161125_175129

20161125_175215

20161125_175422

20161125_175604

20161125_180057

20161125_180002

2016年11月12日 (土)

北野天満宮の「曲水の宴(きょくすいのうたげ)」

20161103_154353
2016年11月3日、北野天満宮で開かれた「曲水の宴」を拝観させていただきました。
「曲水の宴」は毎年4月第2日曜日に上賀茂神社で、4月29日と11月3日に城南宮で開催されていますが、北野天満宮での「曲水の宴」は初めてとのことで、北野天満宮HPでこの催しを見つけ、確認したところまだ席が残っていたため、即座に申し込みました。
曲水の宴とは、和歌の詠者が庭園に流れる小川のへりに座り、川に流した盃(さかづき)が手元に着くまでに和歌を詠む歌会。道真も宇多天皇が主催する宴に何度も招かれ、多くの歌を残したと伝えられています。

20161103_141117

20161103_141242

20161103_141309

20161103_141850

20161103_141954

20161103_142056
当日券は終了との案内がでていました。

Kyokusui001
ここで受付を済ますと、案内パンフレットと入場券を渡されます。

Kyokusui002

Kyokusui003

20161103_142521

20161112_072149
お餅も授与されました。

20161103_151924

20161103_151955
夏に「御手洗祭(みたらしまつり」が開かれた「御手洗川」を渡り、「曲水の宴」が開かれる、「別離の庭」に進みます。

20161103_152026

20161103_152028_2

20161103_152146
京都雅楽隊の皆様です。

20161103_152149

20161103_152950

20161103_153013

20161103_153055

20161103_153102

20161103_153118

20161103_153124

20161103_153133

20161103_153209
怪しげな表情がいいですね。

20161103_153213
かわいらしい女の子達の役割は何でしょうね。

20161103_153223

20161103_153329

20161103_153357

20161103_153415
詠み手男女二人とも顔が強張り気味です。

20161103_153422
こちらは凛としていますね。

20161103_153457

20161103_153511

20161103_153544

20161103_153556_2
今にも吹き出しそうなこの表情・・何が可笑しかったのでしょう。

20161103_154028

20161103_154201

20161103_154234

20161103_154400
白拍子の登場です。

【白拍子】しらびょうし
本来、「歌につけて打つ拍子のこと」、あるいは「管弦の伴奏なしで歌うこと」などを意味したとされるが、転じてその歌舞を行う人自身を指すようになったと考えられる。その芸能の形態は『平家物語』によれば、今様や朗詠を歌った後に、鼓などを伴奏に舞ったとされる。

20161103_154428

20161103_154430

20161103_154449

20161103_154504

20161103_154513

20161103_154530

20161103_154533

20161103_154608

20161103_154619

20161103_154730

20161103_154753

20161103_154819

20161103_154822

20161103_154957

20161103_155043

20161103_155124
出番のようです。

20161103_155213

20161103_155317

20161103_155424

20161103_155438

20161103_155440

20161103_155601

20161103_155613

20161103_155616

20161103_155619
この杯を乗せる水鳥の模型を「羽觴(うしょう)」というそうですが、彼女達の役割はこの羽觴が小川のどこかで滞ってしまった時に、持っている竹竿で川下に進めることでした。

20161103_155627

20161103_155715

20161103_155828

20161103_155902

20161103_160020

20161103_160129

20161103_160541

20161103_160551

20161103_160556

20161103_160717

20161103_161538

20161103_161715

20161103_161738

20161103_161754

20161103_161558

20161103_161614

20161103_163153

2016年10月16日 (日)

愛宕神社(あたごじんじゃ)への参詣は登山です

20161006_100308
愛宕神社
全国に約900社ある火難・火除けにご利益のある愛宕神社の総本社です。
標高924メートル、愛宕山の山頂にあり、昭和初期から第二次世界大戦末期までは、嵐山から鉄道とケーブルカーでつながれた観光拠点でしたが、現在は脚で登るしかない、信仰の山に戻っています。

20160922_095046
清滝トンネル
このトンネルを抜けると清滝バス停があり、その先が愛宕山登山口です。今は信号に従う1車線交互通行の隧道(すいどう・・トンネル)ですが、元々は第二次世界大戦まで存在した愛宕山鉄道のトンネルでした。

Img_1

20160922_090607

20160922_093704
京都バス清滝停留所

20160922_090612
登山口まではいったん下ります。

20160922_090904

20160922_090855

20160922_090931_2

20160922_090935

20160922_090947
清滝川

20160922_091920

20160922_092113
右に進むと月輪寺ルート登山道です

20160922_092123

20160922_092224

Mountain_data


20160922_092239

20160922_092333

20160922_092440

20160922_092453

20161006_080312

20161006_080324

20161006_080336

20161006_080338

20161006_080351

20161006_080433

20161006_080505

20161006_080510

20161006_080552

20161006_080819
ケーブルカー軌道跡地

20161006_080859

20161006_080946

20161006_081257

20161006_081326

20161006_081546

20161006_081552

20161006_081605

20161006_081732

20161006_081844
果てしなく続く、天国への階段か・・・

20161006_082232

20161006_082807

20161006_083633

20161006_083753

20161006_083821

20161006_083835

20161006_084938

20161006_085041

20161006_085405

20161006_085713

20161006_085838

20161006_090111

20161006_090122

20161006_090153

23_atago_map


20161006_090335

20161006_090346
大杉社(549m)五合目です。

20161006_090358
ここまで登ればここから先は比較的平坦な山道になります。

20161006_090407

20161006_090447

20161006_091226

20161006_091324

20161006_091354

20161006_092010

20161006_092013

20161006_092752

20161006_092806

20161006_092817

20161006_092849

20161006_092855

20161006_092849_2

20161006_092927

20161006_092941

20161006_093105

20161006_093150
ハナ売り場

20161006_093158

20161006_093911

20161006_093953

20161006_094243

20161006_094519

20161006_094637

20161006_094703

20161006_094713

20161006_095008

20161006_095215

20161006_095316

20161006_095323

20161006_095324

20161006_095500
山頂にはポカリスウェット自販機があり、販売価格は200円ですが、この時の私は500円でも購入する気分でした。

20161006_095526

20161006_095537

20161006_095715

20161006_095719

20161006_095808

20161006_095938

20161006_095958

20161006_100110

20161006_100159

20161006_100229
この山に3000回登った人、3500回登った人の記念碑。凄いですね。

20161006_100336

20161006_100340

20161006_100343

20161006_100442_2

20161006_100446

20161006_100548

20161006_100551

20161006_100655

20161006_100710

20161006_101238

20161006_101249

20161006_102351

20161006_110352_2

20161006_112920

20161006_113512

20161006_113903
ケーブルカー路線跡地です

313

314かつて存在した愛宕山頂上駅

20161006_113913

20161006_114235

20160922_093643

20160922_093724
帰りは峠道を越えてみました。試峠(こころみとうげ)というそうです。

20160922_093821

20160922_094601

20160922_095005

20160922_095118
トンネルを越えるとすぐに有名な「愛宕念仏字(おたぎねんぶつじ)」がありましたが、へばっていたので拝観はパスしました。

20160922_095755

20160922_095859
この辺りは「鳥居元」と呼ばれ、五山送り火の「鳥居型」の地です。

20160922_100616
鳥居の形がはっきり見えませんが、ここが鳥居送り火の山です

20160922_100519
この聖火台のような、ローソク台のような火床に燃える木の束を差し込んでいくそうです。

20160922_095953

2016年9月17日 (土)

北野天満宮七夕祭と御手洗川足つけ神事

20160812_185233

20160812_183901

20160812_183956

20160812_184057

20160812_184135

20160812_184206
上七軒の芸妓さんが茶店でおもてなし

20160812_184233

20160812_184421

20160812_184510

20160812_184521

20160812_184541

20160812_185055

20160812_185108

20160812_185154

20160812_185708

20160812_185901

20160812_190240

20160812_190925

20160812_191113

20160812_212548
さて、こちらは「京の七夕」鴨川会場です。

20160812_212711
プロジェクションアート

20160812_213123

20160812_213255
LEDで灯りをともす風鈴灯

20160812_213603

20160812_214117

2016年2月16日 (火)

首途八幡宮(かどではちまんぐう)の見事な鳩

20160121_154106
西陣・首途八幡宮の手水舎には生きているかのような鳩の銅像があります。

20160121_154107
この脚のリアルさ・・。

20160206_100506
首途八幡宮(かどではちまんぐう)
宇佐神宮(大分県宇佐市にある八幡宮の総本宮)から八幡大神を勧請したのが始まりと伝えられ、誉田別尊(ほんだわけのみこと・・応神天皇)、比咩大神(ひめおおかみ)、息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと・・神功皇后)を祭神とする。
もとの名を「内野八幡宮(うちのはちまんぐう)」といい、平安京の大内裏(だいだいり・・皇居や官庁があった場所)の北東に位置していたため、王城鎮護の神とされた。

20160121_153638


20160121_153706


20160206_094819
源義経奥州首途の碑
武勇と仁義に誉れ高き英雄、源九郎義経(げんくろうよしつね)は高倉天皇の時、承安四年(1174)三月三日夜明け、鞍馬山からここ首途八幡宮(かどではちまんぐう)に參詣し旅の安全と武勇の上達を願い、奥州の商人金売橘次(かねうりきちじ)に伴われ奥州平泉の藤原秀衡(ふじわらのひでひら)のもとへと首途(旅立ち)した。この地に橘次の屋敷があったと伝えられ、この由緒により元「内野八幡宮」は「首途八幡宮」と呼ばれるようになった。
時に源義経(みなもとのよしつね)十六歳であった。

20160121_153720


20160121_153855

20160121_154011


20160121_154025

20160121_154116