鴨川にて

2017年10月13日 (金)

鴨川と高野川の六つの飛び石

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鴨川(この図では賀茂川と高野川もひっくるめていますが)にいくつかの飛び石がありますが、全部でいくつあるんだろうと、京都府ホームページを確認したところ、この図がありました。私が知っているのは「二条」、「荒神」、「出町」で、行ったことのない飛び石が三つあることになります。すべての飛び石を回ってみることにしました。

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まず訪れたのは最も遠い(自分から見て)、「西賀茂」で西賀茂橋の横にあります。しかし、先ほどの飛び石案内図では、「直径20センチくらいの円柱ブロックが設置されていますが、現在は土砂に埋もれて連続性がありません」とのこと。

でもとにかく行ってみようと訪れたところ、四角い飛び石が新たに設置されていました。

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「飛び石」とは
平成24年7月5日(京都府HP京都土木事務所より)

何のため?なんでこの形?

鴨川や高野川をしばしば散策される方は一度は飛び石を渡ったことがあるのではないでしょうか。
併せてこの飛び石「何のため?」と思ったり、「なぜこの形」と思ったこともありませんか?

この飛び石は、河床の安定を図るという主目的のために設けた横断構造物(これを「帯工(おびこう)」といいます。)の上にいろいろな形に模したコンクリートブロックを配置したもので、水位が低い時には人が渡ることができるという二次的な役割を果たしているのです。

今から約20数年前に「河川環境整備」の一環で親水機能を合わせ持つ仕組みにチャレンジした技術職員の試みが「鴨川を代表する風景」に成長しました。
※親水(しんすい)とは、文字通り、河川などで水に触れたり、接したりして水に親しむこと。

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二つ目の飛び石がある北山大橋の南へ向かいます。距離は2kmあまり。

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これは飛び石ではありませんが、無理すれば渡れるような・・・川に転落しそうな・・・

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「御園橋」・・ここを東に進むと上賀茂神社です。

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雲が低いです。

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上賀茂橋

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この「15km」とは、この先「賀茂川」が「鴨川」になって、桂川と合流する「鴨川」最終地点から遡って「15km」という意味です。

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ハクセキレイ

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北山大橋を通過

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賀茂川二つ目の飛び石「北山」です。府立植物園の西隣に位置し、映画ドラマのロケ地になることもあります。

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NHK BSプレミアム「京都人の密かな愉しみ 冬」篇より

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飛び石にエンブレム?が埋め込んであるのはここだけです。

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北山大橋から高野川の高野橋に移動しました。歩くのはしんどかったので市バスに乗りました。

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ここの飛び石は「亀」でした。

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下鴨神社近くの高名な料亭「下鴨茶寮」

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ご存知「ふたば」

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鴨川三角洲
「鴨川デルタ」とも呼ばれています。高野川(東側)と賀茂川」(西側)の合流点でもあり、休日は学生や家族連れで賑わいます。

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飛び石「荒神」

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この木製の箱は、段差があって遡上できない魚達のために設けられている「魚の通路」なのですが・・・・

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アオサギ君がちゃっかり待ちかまえています。

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飛び石「二条」

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2016年10月10日 (月)

四条大橋の舞妓さんと鴨川納涼床(2016年7月)

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少し前の写真ですが、7月に四条大橋で浴衣姿の舞妓さんをみかけました。

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なにやら行事があったようで、追っかけおじさん軍団も一緒です。

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2016年6月25日 (土)

高野川の鹿と鴨川四条大橋まで

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2月下旬に叡電、修学院〜一乗寺間で鹿に遭遇し驚きましたが、再訪したところ、あっけなく鹿君に会うことができました。どうやらこの辺りに定住しているようです。

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上流からもう一頭の鹿が現れ、近寄ってきました。

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仲がよさそうです。兄弟か親子かも知れません。

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しかしこの後、2頭が行動を共にするかと思ったら、お互いさっさと走り去ってしまいました。

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出町柳の「鴨川デルタ」に到着。ここは「賀茂川」と「高野川」の合流地点です。

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ここは四条大橋南。サギたちの小魚捕食シーンが撮影できる有名なスポットで、この日は何人もカメラマンが集まっています。私の写真もここでの撮影が多数ありますよ。

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カメラマンが多いので遠慮して、私はもう少し南で1人ビアガーデンを開催しました。

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でも、アオサギ君はあちこちにいるので、写真は撮れます。

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偏光フィルターを装着した、抜けるような青空。

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これが普通に撮った鴨川の水面ですが・・・

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偏光フィルターを使うと、このように撮れます。

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2016年6月11日 (土)

ナマズ君遊泳中

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梅雨の晴れ間の鴨川

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いつものように、鯉たちが悠々と泳いでいます。

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怪しい魚影発見。前回のブログでアオサギ君が大きなナマズを銜えていた同じ地点(四条大橋北50m)で、遊泳中のナマズ君に遭遇しました。やはり、鴨川にはナマズがいるんですね。

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ヒゲ4本なので、日本ナマズです。アメリカナマズだとヒゲは8本で、正面から見ると猫のヒゲとよく似ているのでキャットフィッシュと言うそうです。

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2016年5月 3日 (火)

鴨川美化活動にウエットスーツ戦隊参戦

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鴨川では「鴨川美化活動(ゴミ拾い運動です)」が定期、不定期に行われていて、何度かその光景を目にしましたが、今回の「ゴミ拾い」はいつもと違っていました。いつもは川の中には人はいません。

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ウエットスーツが何体も・・・

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どうやら京都市内のダイビングスクール会員の方々が、鴨川美化活動に参加した模様です。

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納涼床も順調に設置が進んでいました。

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2016年4月23日 (土)

夏への支度〜鴨川納涼床

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5月の営業開始に向け、京都夏の風物詩「納涼床(のうりょうゆか)」の設置が各店で始まりました。

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鴨川納涼床の歴史

 鴨川納涼床は、その起源を近世初頭まで遡ると言われ、祇園祭とともに京の年中行事となり、また鴨川改修や都市整備と密接に関わりながら、数百年に亘る歴史の中で幾多の変遷を経て現在の姿となり、京都の伝統文化、夏の風物詩に欠かせないものとして、京都の暮らしの中に定着しています。

 応仁文明の乱のあと、荒涼としていた鴨川の河原は、豊臣秀吉による三条・五条橋の架橋の頃から変わり始めます。納涼床のはじまりも、出雲の阿国による歌舞伎芝居にあわせて仮設の茶屋が置かれたり、裕福な商人が夏に河原に席を設けて遠来の客をもてなしたりするようになった頃に求めることができます。

 特に旧暦の6月7日から18日までの祇園会の時には、神輿が鴨川で禊ぎをするのにあわせて人々が集まり、中州には多くの床几が出され、物売りなども集まってにぎわいを見せるようになりました。

 寛文年間(1661年から1672年)には、鴨川の両岸に新たに石垣や堤が築造され、先斗町や宮川町が形成され、北座・南座などの常設の芝居小屋なども設けられると、両岸の茶屋からは、中州の床几に加えて張出式の床も出されるようになりました。

 さらに江戸時代の中頃には、茶屋は400軒を数え、それらが話し合って床几の数を決めたり、費用を出し合って雑踏の整理や増水後の床の撤収などを組織的に行っていたことが記録されています。

 こうして鴨川の納涼床は、京の観光案内書であった『都名所図会』をはじめ、円山応挙の眼錦絵や安藤広重の浮世絵にも描かれ、京の夏を彩る年中行事として全国的にも知られるようになっていきました。

 明治に入ると、二条以南の鴨川運河開削(1894年)や、京阪電車鴨東線の三条駅までの延伸(1915年)により、左岸の高床形式の納涼床は姿を消します。

 さらに大正から昭和にかけての河道改修の結果、川の流れが速くなり床几形式の納涼床が禁止されます。また右岸の高水敷の計画に対し、納涼床を出せなくなることを憂えた木屋町、先斗町の店々の陳情により、右岸高水敷の河岸の建物のすぐ脇にみそそぎ川が開削されます。

 以後、右岸側の高床形式の納涼床だけが、このみそそぎ川に脚をつけて出されるようになります。

 こうした歴史を持つ京の夏の風物詩である納涼床は、最近ではバーやカフェ等の新しい営業形態も登場しながら、京都鴨川納涼床協同組合(もとは「鴨涯保勝会」)によって、その伝統文化が発展的に継承・保存されています。


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東華菜館

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2016年3月 5日 (土)

2016年2月27日 高野川で鹿に遭遇

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住宅地を流れる高野川(鴨川の上流)で鹿に遭遇し、驚きました。

Map3_2 遭遇地点はここ。山の麓でもなく、市街地と言っていい地域です。

Map1_3 周りはこんな所です。(Google map より)
川に迷い込んでしまった鹿なのか、こんな所で生きて行けるのか心配で、ネットで情報を収集すると・・・・目撃情報が多数見つかりました。

ネット上での鹿目撃情報

2007年02月19日
高野川へ岩倉川が合流する三角地帯。川の中を2頭の鹿が歩いていました。

2010年11月11日
高野川にシカの親子 京都・左京区 数カ月前から河川敷散歩【朝日新聞】

2013年06月25日
[京都] 夕暮れ時の高野川で鹿の親子に癒された

2014年6月26日
ここは奈良ではなくて京都です 市街地にシカの親子 左京・高野川

2014年7月27日
鴨川上流(高野川)にニホンジカの親子が出没している模様

2015年5月20日
高野川の真ん中を鹿が歩いてる…

2015年7月7日
バンビちゃん@高野川

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どうやら河川敷でも生きて行けるらしく、ちょっと安心しました。京都市でも鹿出没は把握しているけれど、静観しているそうです。

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ここからは出町柳〜四条間の鴨川の鳥たちです。

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2015年6月19日 (金)

大正期の四条大橋

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四条大橋の大正期古写真です。河原町側から八坂神社方面を臨んだこの写真には、すでに南座もレストラン菊水さんもその姿が映し出されています。
※ただし南座はこの時点では木造。昭和4年にほぼ同じ外観で鉄筋コンクリート造りに建て替えられました。

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現在の四条大橋です。90年前の風景と大差はないですね。

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南座

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レストラン菊水(大正五年創業)

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この大正期の古写真は京都市役所の資料室を訪れた訳ではなく、四条大橋欄干の下に展示されていました。

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冒頭の写真とは逆方向からの四条大橋です。「ユニオンビール」という看板が見えます。

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   明治期の四条大橋

  【四条大橋の歴史】(展示板より)
平安時代の永治二年(1142年)に祇園社(現在の八坂神社)参詣のために、勧進型の寄付活動により板橋が架けられました。安政四年(1857年)に石造の橋に、さらに明治七年(1874年)に鉄製に架け替えられました。大正二年(1913年)には京都市電の開通に伴い鉄筋コンクリート製のアーチ橋に架け替えられましたが、アーチに流木が引っ掛かり水害の原因となったため、昭和十七年(1942年)に現在の橋に架け替えられました。 

2015年1月 3日 (土)

2015年1月2日雪景色

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雪の清水寺

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京都は2015年元旦午後から雪になりました。翌1月2日の八坂神社です。

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こま犬も白い頭巾をかぶっているようです。

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円山公園

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一念坂

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二寧坂

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産寧坂

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清水寺山門

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鴨川

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2014年11月15日 (土)

鴨川のヌートリア

鴨川の生き物は鳥だけではありません。ここ2年の間に3度ヌートリアに遭遇しました。

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身体が35cmほどで、尻尾までいれると50cmくらいのやや優雅なドブネズミ系の生き物です。

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ヌートリア(Nutria、中国語 海狸鼠、学名:Myocastor coypus)は、ネズミ目(齧歯目)ヌートリア科に属する(以前はカプロミス科に分類されていた)哺乳類の一種。別名沼狸。南アメリカ原産。日本には本来分布していない外来種で、特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律では指定第一次指定種に分類されている。
ヌートリアは丈夫で育てやすく、柔らかい上質な毛皮が安価に入手できるため、第二次世界大戦頃には、軍隊の防寒服用として世界各国で飼育された。日本では1939年にフランスから150頭が輸入され、飼育が奨励された。このころは軍隊の「勝利」にかけて「沼狸」(しょうり)と呼ばれ、1944年ごろには、日本全国で4万頭が飼育されていた。
第二次世界大戦終戦後、毛皮の需要が激減したことに伴い、飼育されていたものの多くが野外に放逐された。また、1950年代の毛皮ブームでは本種の飼育が流行したが、その後の毛皮価格の暴落に伴い、このときも多数が野に放たれ、野生化している。

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